安岡伸好と「遠い海」と朝鮮学校と歴史と奄美大島と喜界島と中央と

 先月、図書出版クレインの文氏により貸していただいた『地の骨──安岡伸好作品集』をさいきん読み終えた。安岡伸好の本格的な作家デビューは1955年の第三回文學界新人賞を受賞した「あお鳩の聲」だが、その前年に『文藝春秋』での特集「秘録実話読本」に応募して当選、「民族の城──朝鮮人学校教官の手記」がこの本の巻頭に掲載されている。実体験がもととなったルポルタージュのような味わいのある短篇で、個人的にはどこか既読感のある内容ではあったものの、この体験がのちに「遠い海」(1960年『群像』10月特大号)を書かせたのだろうと納得できる。内容も「民族の城」を膨らませたもので、「遠い海」では主人公が喜界島出身であることが前面に押し出され、朝鮮学校へ勤めることになる前、軍人として原爆投下後の広島へ赴き、被爆して姿の変わり果てたかつての知人と巡り合うという場面が出てくる。朝鮮学校に勤めることになる面接での出来事など、朝鮮学校がらみでも、朝鮮学校生徒との関係のほか、日本人教師や在日朝鮮人教師、さらには市井に生きる在日朝鮮人とのかかわりなど、「民族の城」ではまったく、もしくは詳しく書かれていなかったことが詳細に描かれ、とくに朝鮮戦争を中心として、そもそもこの戦争が起こった原因の一端を担っている日本という国の責任問題、朝鮮戦争のみならず、朝鮮学校の抱える、民族としての在りかたや、宗主国意識の抜けきっていない日本人との軋轢などが前作よりもくっきりと浮きあがっている。そこへ主人公も、喜界島を含む奄美大島が沖縄とともに米軍に接収されたまま、日本政府からも本国とはまったく別物として扱われていることなどを挙げ、すくなくとも日本国の大多数よりは在日朝鮮人の置かれている立場を理解しうると自負するだろう。ただし、そうは思わない同郷の人間もまた存在することを作者は忘れずに書いている。日本人、奄美人、在日朝鮮人と、それぞれの民族にそれぞれちがった思想を持つ人物が存在しうることを作者は忘れずにおくことで物語はより深度を増している。いまも問題は連続してつづいていることは言うまでもないことだが、だから終わらせかたもすっきりとしたものではない。容易に解決はしないし、容易に和解もしない。ただ、それは作者の持つ作家性であるともいえる。芥川賞候補となった「地の骨」やその次の「へへ、ええじゃないか」など、この作者の描く主人公は巨大な権力(薩摩藩、江戸幕府など)によって支配を受け、生きかたを極端に限定されていることに対し、不満は抱きつつも仕方ないとなかば諦めており、そこから抗おうとする近しい人に巻き込まれながらも迷惑がり、しかし次第に、まつろわぬ人間として自己をあらためるかと見えたところで抵抗が頓挫してしまって結局、元の生活へ戻っていくという運命をたどってしまうことがほとんどで、だから純文学は駄目なんだと言われる要因のひとつではあるだろうが、これが作者にとって、誠実に描きうる怒りの表現でもあるのだろう。すっきりとした解決を施して読者の満足を与えることがかならずしも文学の役割ではないし、こうした結末が許されるのが文学の懐の深さでもあるだろう。
 この作品を知るきっかけとなった阪神教育闘争についてもちらっと触れられており、こんな感じで触れられていたんだなと参考になった。
 しかし解せないのが「遠い海」に寄せられた島尾敏雄による書評で触れられていた、主人公をなぜ奄美出身にしなければならなかったのかがわからないという意見だった。誰が言ったのかはもちろん書かれていなかったが、どうせ中央にいる連中の誰かやろなと勝手に解釈している
 大きめサイズの本だったので、この次には同サイズの『深沢夏衣作品集』(新幹社)を選択。『地の骨──安岡伸好作品集』が628頁一段組だったところ、今回は731頁二段組。深沢夏衣をtwitter検索したところいろんなツイートが出てきて、これは心して読まねばなるまいと思ったところ。
 ここまできたら金石範『火山島』全七巻を読破しておきたいが、なかなか厳しい。平凡社ライブラリーに入ってほしい。
 小林勝もそろそろ読みたいが、どの作品をどうやって読むかを検討せねばならない。

 とある問題について当事者でない人間が書くことの戸惑いについて、三毛猫電力氏の「ねころびラジオ」というPodcast番組でリーディングされていた宮尾節子氏の「誰が世界を語るのか」がいいなと思ったので掲載されている詩集『女に聞け』(響文社)を購入。

 32号の手持ちはあと6冊となっております。まあ、なくなればまた自分で金出して仕入れればいいのですが。ご購入いただけるかたは常に募集しております。9月26日の文学フリマ以降、つまり10月ぐらいからboothでの販売が予定されており、9月26日に、コロナで中止にならない限りは文学フリマで買えますし、10月まで待てば本名も住所も教えることなく安全にご購入いただける上(申し込むなりしてどれくらいでbooth上で販売開始されるのかはわかりませんが)、もし作品が掲載されているほかの同人とお知り合いでしたら、その人は気前よく無料でくれる、もしくは送料なしで提供してくれるかもしれませんので、よくよく熟考されてから決められるといいと思います。あと、大阪文学学校にも何部か置くと思いますので、そちらでも購入可能です。
 料金は私からご購入いただく際には頒価500円に送料手間賃400円とさせていただきます。ひょっとしたらおまけに『babel』4号をつけるかもしれません。当websiteに置かれているメールアドレスか、twitterのDMなどでお知らせください。

さいきん読み終えた本
古井フラ『静けさを水に、かきまわす』(フルフラ堂・私家版)
『金時鐘詩集選 境界の詩──猪飼野詩集/光州詩片』(藤原書店)
『地の骨──安岡伸好作品集』(喜界町文化協会)

さいきん観た映画
『王の願い──ハングルの始まり』(チョ・​チョルヒョン)シネマート心斎橋
『スレイト』(チョ・バルン)シネマート心斎橋
『サムジンカンパニー1995』(イ・ジョンピル)シネマート心斎橋
『逃げた女』(ホン・サンス)3回目。シネ・リーブル梅田
『東京クルド』(日向史有)第七藝術劇場
『ペトルーニャに祝福を』(テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ)テアトル梅田

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