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おじいちゃんと蛍烏賊とヒスイ海岸

ちいさい頃から植物や食べられる野草が好きなこどもだった。


幼少期から保育園時代までを過ごした父の実家は、海なし県の中でも山深いところにあって、ふたつの山に挟まれた谷川の、斜面を切り開くようにして作られた集落が転々とある、ヒトより自然の隆盛を感じる土地だった。
前を向いてもうしろを向いても山があって、春には蕗のとうやタラの芽やぜんまいが芽吹き、夏はもくもくと入道雲のように木々が賑わい、秋にはアケビやヤマナシが採れる。そして冬はとにかく寒かった。寒さが苦手なわたしはいつも薪ストーブのそばに居座った。おじいちゃんが横になって足揚げの体操をするときは、いつもその薪ストーブの脇のおじいちゃんの腹のうえがわたしの特等席だった。

記憶にあるおじいちゃんはおそらく長年勤めた営林署の仕事をもう辞めたあとで、日がな一日家の周りの畑を回っては、野菜や樹木の世話をしていた。家の裏にはおじいちゃんが管理する山肌を切り拓いた畑があって、テニスコート半分ほどの畑がふたつと、あとはぶどう棚や椎茸置き場、グミや苺やすぐりや梅、栗、桃、柿、ミョウガ、一時期はウドなんかも育てていた。

畑や植物に興味をもつわたしがおもしろかったのか、ちいさい頃からたいそうかわいがってもらったように思う。

ふたつ違いの姉とわたしはよくおじいちゃんの後をついてまわった。腰の曲がったおじいちゃんのお尻はいつもわたしたちの目の前にあって、眼前でおならをするので、わたしたちはよく怒っていた。

そのおじいちゃんがずっと繰り返し行きたがっていたのが、富山にあるヒスイ海岸だ。
糸魚川の山で生まれ、長い年月をかけて川を下り、海に辿りついたヒスイの原石が、波によって海岸に打ちあげられ、海岸線の砂利浜に落ちているという。

「ちぃがもうちょっと大きくなったら、一緒に行きたいなぁ」

最初に言われたのは、たぶんわたしが2歳くらいのころ。
当時はまだ北陸新幹線も開業前で、普通免許も持っていないおじいちゃんが行くには、おおよそ遠い土地だったんだろうと思う。
朝、浜辺を歩いて、打ち上げられたヒスイの原石を見つけて、持って帰りたい、そんな話をよくしてくれた。

また、富山にはうつくしく青く光る蛍烏賊もいて、産卵時期の春に海岸線にやってくる。それを自分で網で捕まえて新鮮なうちに食べる※。夢のような話だった。

そんな話をしょっちゅう聞いていたものだから、ヒスイ海岸と蛍烏賊のある富山は、ずっとわたしの憧れの土地だった。
おじいちゃんとふたりだけの旅行も。


小学生の五年のころ、父の転勤で県内を転々とする生活が終わり、また一緒におじいちゃんと住むようになって、そのころ、戻ってきたこの土地にうまく馴染めず、わたしは不登校になった。毎日学校を休んで、おじいちゃんたちとお昼ごはんを食べながらテレビを見ていた。ひるどき日本列島では日本各地の名所や名物を流していて、おじいちゃんは
「ちぃがもうちょっと大きくなったらヒスイ海岸に行きたいなぁ」とまだ言っていた。

中学生になると、わたしはふつうに、まるで登校拒否していたのが嘘だったみたいに、学校に通い始めた。部活動も始めた。忙しくなった。


中学生の途中、おじいちゃんが死んだ。

結局ふたりで富山にいく夢は叶わなかった。



ちなみにおじいちゃんはわたしの姉には「姉が小学生になるまで生きていられるかなぁ」といつも言っていた。「姉が中学生に…」「姉が高校生に…」「姉が二十歳に…」二十歳までは見れなかったね。

おじいちゃんが死んで何年か経って、わたしは故郷を飛び出して、東京で専門学校に通い始めた。それから、映画の現場で働いたり、転職して寿司屋アルバイト、いか専門店、地魚居酒屋、震災があって量販店のケータイショップ、それから魚屋で10年ちょっと、とにかくいろいろ経験した。
なんだかんだいつも忙しいと言い訳をして、というかたぶん、わたしのなかの特別になり過ぎていて、富山のヒスイ海岸はあれから四半世紀を過ぎてもまだ憧れのままである。

でもなんか、そろそろ行けそうな気がしてるんだよな。


ずっと行きたかったヒスイ海岸。
おじいちゃんとの夢。


数年前、こどもが生まれた。
今は4歳。顔がわたしにそっくりで、でもわたしよりも数億倍かわいい、語彙力の高い、旦那にもよく似たお調子者の、それでいて気遣い屋さんの自慢の息子である。うん、親バカですよ。

行くときは、こどもを連れて行こうと思う。


あれからわたしはとてもかわいいこどもを産んだよ、おじいちゃん。

蛍烏賊の身投げと、ヒスイ海岸の翡翠拾いを一緒にしよう。



きっといい経験になるだろうから。 




※生のホタルイカは寄生虫がいるので、そのまま食べることは推奨されていません。必ず冷凍か加熱をして食べましょう。

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