「うそ……でしょ」
どんなにチャンネルを回しても、聞こえてくるのは作り物の笑い声ばかりだった。あるワイドショー番組では、数ヶ月後に控えているオリンピックで、どの国がいくつ金メダルを取れるのかを予想していた。話題に挙がった国の中に、クーデターが起きた国々も平然と挙がっているのに違和感を覚えた。オリンピックに興じている場合ではないというのに、出演者が何か発言するたびに、わざとらしい笑い声が再生されるのは、不気味以外の何物でもなかった。
「これが現実なんです」と夏希さんは言った。「クーデターは、表面上は起きてすぐに国連軍によって鎮圧されたということになっています。ですが、それはまるっきりの嘘です。嘘が見抜かれるのを防ぐために、テレビは有名人のくだらないスキャンダルを大げさに取り上げたり、オリンピックの話題を上げたりして国民の関心を移そうとしているのです。国民も国民です。どこからどこまでが真実なのか何ひとつわかっていないのに、メディアの情報にいとも簡単に流されてしまうのです。日本国民だけではありません。世界中の人たちが、平和を装ったフェイクニュースに騙されているのです」
半ば信じがたい内容だったが、彼女の目は嘘を言っていなかった。
わたしにはある程度、人がどの程度本当のことを話しているのか見通す能力に長けている。皮肉なことに、物心ついた頃から父や祖父に辛く当たられてきたせいで、人の表情から本心を読み取る能力が自然と備わったからだ。
「今、世界では何が起きているの?」とわたしは夏希さんに訊いた。彼女なら真実を知っているような気がした。
彼女はわたしの問いに答える代わりに、ダッシュボードの上に置いてある封筒を指差した。封筒の表面に埋め込まれた12個の小さな宝石が、日差しのない雨空の下でも、不思議な七色の輝きを放っている。
わたしはダッシュボードに手を伸ばし、封筒を開いた。そして、三つ折りにされた便箋を中から取り出し、声に出して読み上げた。
読み終えた後、わたしはこの手紙に登場する〝神の力を持つゼアーズの化身〟というのが《左右対称の顔の女》であること、そして、その肉体を奪った犯人が、病院の一室で見かけた黒スーツの男だということにすぐに気がついた。色黒で健康的な顔とは不釣合いの色白な首筋と、頸部に残っていた生々しいケロイド状の傷跡が、やけに鮮明に、記憶に残っていた。
わたしが手紙を読み上げた後、ただでさえ口数が少ないのに、夏希さんは考え込むようにさらに黙り込んでしまった。車のルーフを叩くどしゃぶりの雨が、止まった車内の空気を気まずく揺らした。フロントガラスを流れる雨水によって拡散された道路照明と信号機の明かりが、先ほどの封筒に埋め込まれた宝石に様々な彩りを添えては消えていくのを、わたしはただ黙って眺めていることしかできなかった。