中央アルプスに初夏の天の川_中

インサイド・アウト 第1話 左右対称の顔の女(2)

「耳を疑っておられるようなので繰り返します。あなたはもう、この世に充分満足されたのではないですか?」

 なかなか話そうとしない僕にしびれを切らしたのか、女は先ほどと同じ問いを僕に投げかけた。

 この女の言う通り、最初僕は自分の耳を疑っていた。仲の良い友人だって、こんな突拍子も無いことを急に言い放ったりしない。だがこれが聞き間違いではなかったと知り、僕は自分の耳を疑う代わりにいよいよ女の頭を本格的に疑わざるを得なくなっていた。「満足されたのではないですか?」などと、まるでこれまでの人生をわかりきっているかのような言い回しができる根拠を、彼女は一体どこに持っているのだろうか? ひょっとしたら、実は彼女は古くからの知り合いで、人生の節目節目にどこかで出会っていたのかもしれない。しかし、どれほど思い出そうとしてもやはり思い当たる節はなかった。それにこれほどインパクトのある顔ならば、一度見ただけで焼印のように記憶に強く残っているだろう。

 読みかけの文庫本にしおりをはさみ、そっとテーブルの上に置いた。それから姿勢を正して息を大きく吸い込み、女に向かって語調を強くして言った。

「失礼ですが、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」

 その時、聞き慣れたジャズのメロディーが天井の小さなスピーカーから流れ出した。この喫茶店に来ると必ず耳にする曲だ。でも、どのような曲なのか本当はよく知らない。普段は店の賑わいによってほとんど聞き取れないからだ。だが、今日はベースラインの細かな進行まで明瞭に聞き分けることができた。店にいた他の客はいつの間にか全員いなくなっていて、僕とこの女の二人だけしか店に残っていなかったからだ。

 しばらく待ったが、彼女は何も答えなかった。質問が聞こえていなかったのか、それとも最初から僕の言葉など聞き入れるつもりはなかったのか、どちらなのかはわからない。女は顔色一つ変えずにこちらをただ見つめていた。

 全てを見通すような視線に何とも言えない居心地の悪さを感じ、あきらめて女の問いに答えることにした。カップに残ったわずかなコーヒーを飲み干し、深呼吸をする。だがここで僕は、女の問いに対する答えを持ち合わせていないことに気が付いた。

 果たして僕はこの世に充分満足したと言えるのだろうか?

 改めてそう考え出すと、自分でもよく分からなくなった。女の質問に正しく答えるためには、少しだけ過去の嫌な記憶を思い出す必要がありそうだ——。


 幼い頃から運動も勉強も苦手だった。かけっこではいつもビリだったし、テストの成績には目も当てられなかった。その状態は中学校を卒業するまで続いた。今考えても地獄のような毎日だったと思う。自己を形成すると言われる重要な期間を、常に劣等感を抱えながら生きていたのだ。一度押されたレッテルを覆す機会は与えられず、仮に与えられたとしてもそのような力はなかった。他人から見下されるのを避けようと、出来る限り自分の存在感を出さないように毎日慎ましく静かに暮らしていた。

 当然のことながら友達は一人もできなかった。だからいつも独りで遊んでいた。それも普通の子供がやるような遊びはしなかった。まるで現実からの逃げ場所を作るかのように、ただひたすら《深い穴》を家の庭に掘り続けたのだ。そんな僕に対して両親は何も言わなかった。六つ上の姉は思春期真っ只中で、そのときは僕に少しも見向きもしなかった。

 両親は、僕が運動会でビリになるのも、成績が良くないことに対しても、まったくの無関心だった。学校から渡される通信簿を見ても何も言わなかったし、水嫌いでプールに顔を付けられなくても水泳教室に行かせることはなかった。同年代の子供達と比べると、ある意味、自由といえば自由だったのかもしれない。

 親から何も干渉されないことについて、周囲からはよく羨ましがられた。親に甘やかされて育てられていると非難するクラスメイトもいた。だがこれは当の本人からすると、自由主義や放任主義といった聞こえの良いものでは決してなかった。苦手なことがあっても誰からも助けてもらえず、人並みにこなせることが一つもなかったお陰で、僕はますます孤立していった。後になって気付いたのだが、その無教育という名の教育方針は、どうやら父の勉強嫌いが反映されたものらしかった。それを知ってから、僕は長い間、父を恨んだ。いや、今でもまだ心のどこかで恨み続けているかもしれない。


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