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明かり

そもそも生まれてきたこと自体を申し訳なく思っていたし、みんなのように上手に生きることができなくて劣等感ばかりだったから、挫折するようなトライもせずにぬるりと生きていたのだ。だから挫折なんて知らなかった。

そうやって中途半端に生きていたことが神の逆鱗に触れたのかもしれない。当たり障りのない様にひっそりと生きながらえていると、挫折は私のところにもやってきた。やってきた、というより気がついたら地獄での生活は始まっていた。ある数年間ほど、わたしは本当に本当に大変な渦の中に入り込み、あ、ここは地獄という場所なのでは?と認識したのは終盤、もうそろそろ一筋の光が差し込んでくる頃だった。渦中は視界が砂の粒程にも狭くなっていて真っ暗で何もみえないので、強風で飛んでくる瓦礫を避けることなどできず、人の信じられないような言動や、いま思うとまったく不可解な自分の行動など、そのすべてがナイフのように麻痺した心身にザクッと刺さり、深い切り傷が増えていくのをただただ受け入れていた。ことが幾つも重なって一人で闘う日々に、遂にそれぞれの問題をどうやっても抱えきれなくなり、弁護士や公的機関、医師を頼った。唯一、母と年配の知人に少しだけ状況をこぼしたら、よくまぁ何も無いような顔していられるわね、ここまでのことは私にも経験無いわ、本が書けるわね、、などと言われる始末だった。助けてもらった。母に助けてもらうことも、私にとっては大きな挫折だった。

いくつもの問題は、変化を受け入れようとしない私に業を煮やした何か・・生きものを構成する粒子の群れ、細胞とか記憶とか念みたいなものが一同に集結して、せーのっ!で爆発して起きたものではないかと思っている。細胞から変容するというのは生半可なことではなくて、どれもこれも抉られるような痛みを伴って向き合うことになった。それでもしばらくの間、この問題があるから現実を生きている、社会と繋がっていられるのだという歪んだ安心で、自らせっせと傷を増やしていた。

当時、常に怒りと悔しさに震えていて、身体も心も壊れてしまった。外側の影響を受けて情緒が振れないよう、なるべく一人で静かに過ごすようにしていた。それでも避けられない日常会話の中で、今よりも少し先の未来の話、例えば、次の休みの日のプランとかこれから先やっていきたいこと、新しい恋のことなど・・をすると、Wi-Fiを探すiphoneのようにあっさりバッテリーを消耗した。こんなボロボロの本体で見えない何かを探したって、コネクトするわけがなかった。いつも上の空で、言葉もでなくて、あはは・・と乾いた笑いですり抜けていた。もう、誰も、私の心身に1ミリ足りとも触れてくれるなぁあ!と、猫が威嚇するように全身の毛を逆立てて、怒りで辺りすべてを焼き尽くした。身体は自然と固く結界を張り、物理的に誰かと近い距離で居ることができなくなって、人の肌に触れることなどはもう恐怖でしかなかった。

毎朝同じ時間に起きて淡々と労働するという日常だけが、崖っぷちをどうにか踏み外さずに少しずつ回復してゆくための道筋だった。私が愛想笑いすらせず暗く黙りこくっていたとて、そういう人なんだと寛容に放っておいてくれる(そうするしか無いのだろうし、ごめんだけど…)安定したマインドを持つ同僚たちや環境に恵まれていたことは救いだった。

地獄での生活の間、私は物語に没頭した。労働時間以外は能面みたいな顔をしてやっとの思いで生き繋いでいる現実に、楽しみや喜びなどどこにも見当たらなかったからだ。小説や映画、コントに芝居。物語の中には全部があった。喜びも可笑しさも希望も。そして、悲しみも怒りも寂しさもまた、物語の中だった。

しばらくのあいだ物語の中に逃げるようにどっぷりと潜り込んでいた私の回路は、物語と現実の境目を曖昧に捉えるようになった。世界のどこかで、誰かが命を削って作った作品は、私にとってあまりにリアルに感じられた。このことは、自分が現実だと思ってみていた日常を遥か遠くに感じさせるものだった。問題にしがみついたりして必死に社会と繋がろうと幻想を生きるのは、やはり苦しかった。

幻想から目の覚めた私は、ようやく私自身の創造を生きることができるようになったのだろう、人間本来の営みとして。恐ろしい渦の中にいたとき、それは社会の縮図のようだった。私だけに起きている事ではない、同じような状況や思いをしている人が多くいて、社会の構造、時代、大きな声を出さない者にこそ強く影響が及んでいる。大きな声で述べられるのは、己を誇示したがる、いらぬ正義感だけだった。

世界で起きていることをこの目で捉え、思い切って世を捨てて、それぞれが自分の命をただただ生きるしかないのかもしれない。目の前に映る悲しみを限りなく自分のことのように感じたとしても、それは自分の悲しみではないのだということ。喜びでさえも。残酷かもしれないけれど、でもどうしたって人の物語なのであって、たとえ血が繋がっていようとも、それぞれが別の物語を生きている。人の本当のところは分からない。だからこそ、お互いの物語を、命を尊重し、相手を大切に思うことができるのだ。自分を尊重し、大切に思うこともまた、できるのだと心に留めて。

ここから始めよう。誰かのためにだなんて、そんなことで自分を測ったりせず。ここで灯していよう、明かりを。それぞれの命を。

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