手術

ぼーっとしながら生活していたら、レンジのターンテーブルを割ってしまった。高い位置から落としてしまったのでかなり粉々に飛び散る。
そして私は裸足だった。

飛び散っていないであろう地点まで大股で足を伸ばし、掃除機を取りに行こうとしたが、案の定破片がいくつか刺さった。
落とした時背後には風呂場があったので、タオルかなにかを床に敷けばよかった。後になって考えてももう遅い。
とりあえず毛抜き(我が家にピンセットはない)で取り除けるものは取った。しかし1箇所チクチクする。最寄りの整形外科まで歩いて行った。

レントゲンとエコーを撮った先生は苦い顔をしていた。傷口は2cm程だが、深さは結構ある。足の裏なので、踏まれて粉状になったガラスが残ってしまっている。周りの組織ごと取るしかない。
「なるほど。じゃあお願い致します」と返事をした。「ガラスを取り除くんだな 」としか思わなかった。

診療時間の終わり際だったので、客は私しかいなかった。院内の看護師さんが集合して準備を始める。2人の看護師さんが私の隣に来た。
「何か飲み物買ってくるよ」「好きな音楽流せますよ。誰が好き?」
そんなに労られる程悲壮感が漂っていたのだろうか?今まで何度も身体を切ったり縫ったりしたことがあるが、こんな対応をされたのは初めてだ。

そう、この程度の怪我など実家にいた時なら当たり前だった。足の裏に麻酔を打たれるのは、他の部位より痛いことも経験済みだ。だから落ち着いて大人しく待っていたのだが、それが逆に放心状態に見えたのかもしれない。

手術が終わった。まだ麻酔が効いているので痛くない。今のうちに痛み止めをもらって帰ってしまおう。そう思いながら出口に向かうと、慌てて呼び止められた。お迎えの方を呼んだ方がいいと言われたがそんな人はいない。「近いので。麻酔が効いているうちに歩いて帰れますよ」と返事をしたら、タクシーを呼ぶから待っていなさい、と呆れたように言われた。

実家にいた頃、最寄りの整形外科は家から2km程離れていた。学生にタクシーを呼ぶ金は無い。腕を吊りながら、片目を塞がれながら、松葉杖をつきながら帰宅していた。
今の私はタクシーで帰れるし、周りからも「タクシー代くらい出せる大人」と思われている。そのことに、何だか不思議な心地がした。

麻酔が切れた。結構痛い。先生の仰った通り、傷口は小さいが深いのですぐには塞がらないらしい。患部が足の裏なのでまともに歩けない。
仕方ないので職場に休みの連絡をした。この間有給を使ったばかりなのに申し訳ない。
上司は「えっ!?入院しなくていいの?」「親御さんとか友達とかに連絡するんだよ」と言っていた。
一人暮らしが怪我をしたら、親か友達に連絡するのか。そういえば社宅に住んでいた頃、ぎっくり腰になった先輩から突然電話が来て、肩を貸して一緒に病院に行ったことがあった。足に刺さった時点で誰か呼ぶのが一般的なのかもしれない。

昨日出社し、周りに「何があったの?」と聞かれたので経緯を説明した。毛抜きで破片を抜いたくだりでみんな「うーわ」という顔をする。
「普通自分でやらないよ」と言われた。刺さったまま病院に向かう方が怖くない?

病院の人も職場の人も優しい。しかしこれが普通の反応なのだと思う。身近に今回の私のような人間がいたとして、私は同じ優しさを向けられるだろうか。そんなことを考えた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?