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最初に報告したのは不仲の父だった

僕には両親と2歳離れた姉がいるが、家族との仲は決して良いとは言えない。帰省すると「仕事はどう?」「夜遅いの?」「野菜は食べてる?」「ボーナスはいくら出た?」以前はそれなりにポップな内容だったが、30代中盤になると「貯金をしているか」「相手はいないの?」「いつ結婚するの?」「こっちに帰ってくるつもりはないの?」と聞かれる一言一言が重い内容になり、電話も含めて会話をする気力が失せていく。 ったくウルサイ、面倒くさいなあ… 思春期の反抗期にそっくりで、実家までクルマで2時間という近さも手伝い徐々に帰省の回数と自分から電話をする回数も減っていく。特に父親とは仲が悪く、20代・30代になっても何度も叱られたから、ドラマであるような親子で酒を酌み交わすなんて考えたこともない。母親の葬式だったら涙を流す思い出はたくさんあるけれど父親は全くないし、一時期「葬式も出たくない」と本気で考えたほどだ。

泌尿器科の先生に紹介状を書いていただき、いざ総合病院へ。待合室で待つこと数十分、紹介先の先生はとても若く、明るくハキハキとした感じですぐにCTスキャンの手配をしてくれた。
「造影剤を入れれると全身がほてった感じになりまーす。おしっこもらした感じに近いですね」という説明をおばちゃん看護師から受けて、このおばちゃんもおしっこをもらした経験があるのか…といらぬ想像をしてしまう。
後日CTの結果を聞きに診察室へ入ると先生からは「今日はお一人でいらしたんですね」と聞かれてなんだか嫌な予感がした。そして予感が的中してしまう。

「左の腎臓に約2センチの悪性腫瘍が認められます。つまり癌です。しかも腎盂に近い箇所なので部分切除は非常に難しいですね。でも腎臓は2つあるので片方を全摘する方法が最善です」

説明を聞いて一瞬時が止まったように感じ、数秒何も言葉が出なかった。クリニックで告げられた腫瘍が良性を信じたのに悪性だったという現実と、“腎盂”という聞いたことがない名前にどう言葉を返していいか、専門学校卒業の僕の脳みそは完全にキャパオーバー。フリーズするしかなかった。総合病院から家まで自転車で15分ほど、途中に小さな公園があってベンチにへなへなと腰を落としてしまう。実家の誰かに連絡をしなきゃ。なぜか分からないけど、最初に浮かんだのはあれほど仲が悪い、できれば話したくもない父親だった。

父さん、僕、癌になった。腎臓にできて全摘しかないって言われたよ。

公園から自宅まで、何を話したのか考えたのか、
あまり覚えていない。

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