穏やかさ、優しさ、言葉の美しさにふれたい時・・・見て欲しい、小津安二郎「東京物語」
映画が特段好きでもない私にとって、それは単なる娯楽である。
あくまでも気分転換や、経験したこのない世界や文化に触れるためのもの。
先日、林芙美子さんの「浮雲」を読んだことをきっかけに、成瀬巳喜男監督によって映画化された同作品も見たばかり。
黒澤明監督の「生きる」以来の白黒作品である。
それほど昔の映画に触れたことがなかった。
Netflixで試聴したのもあり、画面には「浮雲」と一緒におそらくほぼ同時代と思われる白黒作品が列挙していた。
その中に本題の小津安二郎監督の「東京物語」があった。
小津安二郎といえば、とても有名で尊敬されている監督であることは知っていたが、最近の知識としては是枝裕和監督の「海街Dairy」が小津作品に影響を受けているというぐらいしか、私の少ない映画のデータベースにはないのだ。
「東京物語」がその小津安二郎監督の作品だと知り、なんとなく試聴ボタンをクリックしてみた。
うん、確かに海街っぽい。
素人目にもカメラの位置がそう感じる。
ああ古い映画だなあという在り来たりな感想と共にまず目に止まったのは、尾道から上京してくる夫婦の長男の嫁役、三宅邦子さん。
凛としたたたずまい、ブラウスに長いスカートというおそらく当時の流行なのであろうスタイルを身に纏った姿は、背筋がピンと伸びていてとても美しい。
さっぱり纏めた髪型と相まってとても美しい顔立ちなのだ。
そして尾道の両親役の笠智衆さんと東山千栄子さん。
お互いが会話をする度にカメラがそれぞれを正面から写す。
最初はなんとなく違和感があった。
しかし夫婦のとても優しくおっとりした口調を聞いているうちに、味わったことのないゆっくり流れる世界に自分の心が吸い込まれてしまったように感じた。
なんなんだろうこれは。癒される、引き込まれる、目が離せなくなる。
こんな映画は初めてである。
そして眩い笑顔の女性が登場した。
誰なんだろうこの人は?目が離せない。白黒画面から見える彼女は例えようもないぐらい美しい。
おそらく西洋美人風と言われていたのかもしれない。日本人離れした顔立ち。しかも笑顔が本当に華やかで、彼女が笑った途端その顔立ちから放射線状に眩い光を放っているように感じるのだ。
早速調べてみるとそれは、戦死した次男の嫁役、原節子さんである。
三宅邦子さんのように凛としていて、一挙主一同即が綺麗で話す言葉はとても美しい日本語。
「わたくし・・・・」
現代では普段の日常会話でなかなか耳にすることができない一人称。
なんて美しい日本語なんだろう、なんて美しいたたずまいなんだろう。
すっかりこの映画の世界に没頭してしまった。
とりわけ後半になると、セリフの一言も聞き逃したくなくて、ボリュームをできる限り上げ、テレビの真ん前に位置を陣取りかじりつくようにして見ていた。
我が家の子供たちの声で聞きづらい。それなら他の時間に静かに見てもいいのだが、もう後半戦まできたら停止ボタンを押すことは不可能。
どうしても聞きたいのだ。登場人物の話す言葉が。
こんな思いをした映画は初めてだった。
試聴し終わった後も、数日は消えることのない余韻が頭の中を漂っている。
誰が配役なんだろう、どんな名前なんだろう。いつ生まれていったい御存命なのであろうか。
自分の生まれる前に活躍していた俳優のお名前を、こんなにも一生懸命に調べることになるなんて。
この映画の内容をご存知なければ、私が解説するよりも是非ご自身で試聴していただきたいと思う。
海外でも評価されている作品のようだが、日本人ならなおさら深い感慨に浸ることができる作品であるし、きっと見て良かったと思えるだろう。
少なくとも私は、心の底から見て良かったという感謝の念でいっぱいである。
親とは、自分の家族とは、変わっていくこととは・・・
そこには現代にもしっかりと通じる普遍的なテーマがある。
そのテーマは昭和であろうと令和であろうと、そう変わっていないのだ。
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