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37歳女オタク、バーキンを買う。①

これまで買った一番高額なバッグは、一昨年買ったBALENCIAGAのネオクラシックトップハンドルバッグ。
それもセール価格の十六万円で海外のセレクトショップからの購入だった。
セールだったから買ったのではなく、「欲しいものがセールにかかるのをひたすら待つ」という姿勢での購買である。
全世界最安値を検索し、購入ボタンを押した記憶がよみがえる。
まさか最高額が数年で塗り替えられることになろうとは、このときは思っていなかった。

BALENCIAGAのバッグを買った理由は、十年以上もの間私の相棒としてつきあってくれたクロエのボストン型のバッグが、正規店を含むあらゆるリペアショップで「修復不可能」と突き返されたからだ。
そごうのバッグ売り場に行って初任給で買ったクロエ。
仕事から旅行まで、あらゆる場面で万能なバッグだった。
同人イベントにも連れて行った。
当時は活動していたジャンルの全盛期で、買い求めた細かいグッズ類はこのクロエに入れて持ち帰った。
推しの二次創作キーホルダーをつけていた時期もある。
最近、電車の中でクロエのwodyにちいりべ(ちいかわと東京リベンジャーズのコラボ)のぬいぐるみをつけている人を見かけたのでつい微笑ましい気持ちになった。

私が持っていたクロエは、その昔流行りに流行ったと噂に聞く南京錠がついたタイプではなく、ガンメタカラーのレザーボストンバッグだ。
色こそ派手でも形に奇抜さはなく、どこへ持って行くにも大助かりの鞄だった。
それゆえに底は擦れ、ついに角擦れが直せなくなってしまった。
さすがの私も持ち歩けないほどのボロボロ具合で、お役御免を言い渡した。

BALENCIAGAのバッグは金具まで真っ黒で大容量、デザインもライダースジャケットから着想を得ているだけあってハードでいい。
金色、黄色といったものがあまり似合わない上に、手持ちの他の衣類との兼ね合いが悪いため、眼鏡以外の服飾品の金具はシルバーか黒と決めている。
ところが、黒いバッグは多くのブランドでゴールド金具を採用しているため、なかなか購入に至らなかった。
BALENCIAGAのネオクラシックは黒革黒金具で、ロゴが小さい。
デザインもこの上なく気に入っている。
購入後にロエベ、ボッテガ、CHANEL等も見て回ったが、これ以上に私に刺さるバッグには出会えなかった。
今も仕事用のバッグはネオクラシックで、私はきっとこのバッグの革がたるんでぼろぼろになって潰れるまで使うのだろうと思う。
五十を過ぎても、ボロボロのネオクラシックと一緒に通勤したい。

この時点でお気づきの方も多いだろうと思われるが、私はバッグを酷使する上に長期間使う。
「買ったのに使わない」という事態にはならない。
その上、購入条件はブランド名や知名度ではなく「似合うもの・デザインが好きなもの・ライフスタイルに合うサイズと使い勝手」とブランドの背景や歴史とは購入時点では無縁なのだ。
だから現在稼働しているバッグはBALENCIAGA、COACH、JIL SANDERで、「シンプルかつそれぞれ用途が異なりロゴが小さい」ものばかりになっている。
例外はミニバッグのGIVENCHYだけだ。
CHANELは過去に短期間だけ所有したが、重い・硬い・容量が足りない(足りるバッグはデザインが気に入らない)と言ってあっという間に質に入れる羽目になった。
選ばれしものだけが持つバッグというにふさわしいのは、私の中ではCHANELのマトラッセである。
Diorのレディディオールは似合わない上にライフスタイルにも合わない。

そんな私が、収入も安定してきたし(BALENCIAGAにばかり負担をかけると消耗が激しくて五十代まで持てないかもしれないから)もう一つバッグが欲しいと考え始めたのが三月のことだ。
当初はルイヴィトンのオンザゴー、グルネルトート、クッサンPMを検討していた。
物は試しと試着に行くと、グルネルトートは廃番ではないが完売、オンザゴーは似合わない(ゴールド金具……)、クッサンPMは物が入らないという有様である。
欲しいバッグを買うのがこんなに難しいとは。

バッグはしばらくおあずけかな~と思っていたときだった。
王様達のヴァイキングという漫画のイケメン四十路エンジェル(個人投資家)坂井大輔の強火担当な友人が、駅前にできたとあるセレクトショップへ行くと言い出した。
そのショップは新規オープンで、以前彼女が顧客になっていたショップの担当さんの新しい職場だということだった。
ちなみに私は王ヴァイの中では笑い猫担当で、猫チャンが作中で履いているブーツの色違いを購入したオタクである。

さて我々オタク、4月8日にお店に遊びに行った。
友人の担当さんにも挨拶をすませ、さぁ買い物と店内を見回して「ん?」とフリーズする。
柱の側面に配された棚に、まるでインテリアの一部のように置かれたバッグが目に留まった。
言わずと知れた(三十過ぎまで知らなかったけど)バーキン30である。
実は私は以前もバーキンを試着したことがあった。
生憎全く似合わなかったため、内心「よかった~こんなバカ高いバッグが似合わなくて!」とほっとしていたのだ。
バカはお前である。
ところが、この店のバーキンは前に持ったものとは少し様子が違う。
なぜだろうと思って触ってみると、どうやら革が柔らかいと分かった。
私の様子に気づいたスタッフの方が、「ご試着になりますか?」と声をかけてくれる。
インテリア然としていた上に値札がついていなかったので、てっきりNOT FOR SALEだと思っていた私は思わず「お願いします」と言ってしまった。

これがいけなかった。

その日の私の服装は、ホテルランチの席で浮かないようにとプリーツプリーズのセットアップにマルジェラの足袋ブーツ(すべて黒)。
バッグはBALENCIAGAを持っていた。
バッグを持ち替えて、鏡の前に案内される。
てっきりバッグが浮くだろうと思っていたのに、存外しっくり馴染んでいた。
目線がバッグへ誘導されるということもなく、コーディネートの一部として主張しすぎず控えめだ。
バーキンというと、オケージョンスタイルやいかにもキャリアウーマンといったセットアップ、綺麗目のワンピース等とのコーディネートしか見たことがなかった私は、バーキンはそういうバッグだと思い込んでいた。
ところが、形といいベルトのアクセントといい、このバッグ、もしかしてカジュアルなんじゃないか? と思わせるほどフランク。

しかしお値段参〇〇万円
待って、年収??
しかも製造年は2010年。
狂ってる……
どこがフランクだ。

うーん、でもかっこいい。
よそで見たバッグのどれよりシンプルで似合う。
バーキンッッッッ!っていう主張があるのかと思ったけどそうでもない。
三時間ほど在店して悩んだ末に検討しますと店をあとにしてから、他に近くに取扱店がないか探したところ、ベイクルーズ系列の中古ブランド専門店があるのを見つけてそこへ。
ちょうどバーキンフェアをやっていて、店頭にはバーキン30と35が並んでいた。
そこに来て初めて、35のほうが二次流通の価格が安いことを知る。
私の身長だと正直どっちでもよかったので、160cm以上ある人は30でお高いと感じたら35も持ってみてほしい。
若い店員さんが商品を見せてくれたのだが、どうにも35のほうは硬い……レザーが違う気がする。
縦に変な皺も入っているし……と気になって尋ねてみると、
「こちらの皺は血涙といって、トゴというレザーに見られる特徴です。お持ちになるうちにだんだんと出てきます」

血涙……?


さらっと出てきたけど、美しいバッグのご紹介で出てくるにしては物騒なワードだぞ?
えっ、この単語一般的なの? ちょっと全然知らない(トゴをその日知った人間)。
とりあえず、トゴだと血涙を流す運命にあるらしいので選択肢から外れた。
エルパトしている人の血涙なんじゃないかその皺。
(※4/17追記 どうやら一般的には血筋というらしい)

セレクトショップの担当さんはあまり詳しく問い詰められなかったので、こちらの店員さんに色々質問したところ、バッグの革や二次流通のバーキンを選ぶ際に気にしてほしいことなどの話を聞くことができた。
そこでようやく、私が最初にしっくりくると思ったバーキンの革は「トリヨンクレマンス」というものだと判明。
ピコタン(というバッグ)に使われるレザーだそうで、こちらは柔らかいため経年により次第にバッグが丸くなってゆくのだとか。

すぐに決心がつくお値段ではないため、最初のセレクトショップのスタッフさんにはLINEで質問をしておいてその日はお開きに。
夕方食べたサロン・ド・モンシェールのスイーツの味もすっかり忘れて、頭の中は超似合うバッグのことでいっぱいになっていた。
追い打ちをかけるように友人が言った「今日、笑い猫の誕生日だね……」という言葉が脳裡を駆け巡った。

𝓓𝓮𝓼𝓽𝓲𝓷𝔂……?

<続く>



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