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岸辺露伴 歴代担当編集を勝手に評価してみた

岸辺露伴の担当編集といえば?

今や大半の人間が泉京香と答えるだろうが、
露伴の担当編集はそれだけではないッ!!!!

原作やノベライズを通して見ると、露伴を担当した編集は実は多い。
クセが強すぎる漫画家である露伴に対して彼らはどう接していたのか。
彼らを紹介しつつ、それぞれの担当力を独断と偏見で定めてみた。

では、さっそくスタートしよう。


貝森 稔(かいがもり みのる)

初出は2008年発表の『六壁坂』。
発表順でもエピソード順でも名実共に露伴の初代ネームド編集だ。

露伴との打ち合わせに来たはずが、一文無しになったからと原稿料の前借りを打診され、何故か妖怪の話を聞かされるハメになった。
露伴の聞き手という地味に美味しいポジションについていながら、登場はこの話こっきり。後の富豪村にて担当の座を泉京香へと譲る事になる。

待ち合わせより6分も早くに来てしまう、ド・スタールを知らない、サインをせがむファンを遮って露伴のファンサ精神を侮ってしまうなど短い登場で立て続けのチョンボがダメ感を誘う。

塩っぽいビジュアルもノンビリとしてそうな性格も露伴とは相性が悪そうで、そりゃ1話でクビになるよ……という納得感溢れる男だったが、果たしてそうだろうか。
確かに露伴の担当を務めるには足らない男だった。しかし、相手が悪すぎたのではないだろうか?

一つ、注目をしておきたいのがこの貝森、年齢は23歳で入社1年目。つまり、新卒1年目であるという事。
大学出たてのペーペーに漫画家の担当、しかも相手は大物漫画家である岸辺露伴。仕事の内容を覚えるのが仕事とすら言える新卒1年目にあてがわれる業務ではない。

そんな露伴相手にこの貝森、なんという貫禄だろう。

露伴に全く物怖じする事なくラフに接している。
しかもキッチリ集合時間直前に来るマメさ。露伴だからこそ注意したが、普通の社会人ならば褒められるべきスタンスだ。
ド・スタールを知らないのだって美術に造詣が深いか大学で専攻でもしていなければ20代の若者の反応として当然。
押しかけファンへの対応も常識的。露伴が厄介すぎるだけで社会人なりたてとしてはパーフェクトすぎる振る舞いだし、ついでに既婚者である。
本当に23さいか?

むしろ「山を買って素寒貧になったから原稿料を前借りさせろ」という無茶苦茶な要求を食らって妖怪の与太話を聞かされているのが可哀想とすら思う。新卒1年目がぶち当たる壁ではない。編集部は何を思って貝森を担当にしたのか?

もしかしたら編集部には新人には岸辺露伴をぶつけて過酷なチュートリアルを行わせている慣習があるのではないか。
露伴を知る事で、どんな漫画家の担当になっても「露伴よりはマシだ」という意識で仕事に臨める精神力を養わそうとしているのだろうか?

そう、岸辺露伴とは若き編集者たちにとっての試練のプロローグ、
『地獄昇柱』だったのかもしれない。

ともあれ、地味に高いスペックを備えながらも、何ともしょっぱい登場で終わってしまった貝森。
だが大学出てすぐだというのに、浮足立っているどころか堂々たる立ち振舞い。あのマメさは出版社だけではなくあらゆる会社で即戦力として活躍できるだろう。ただただ露伴と噛み合いが悪かっただけ……。
ホント何で集合時間にちょっと早く来ただけで怒られなきゃならないのか。

担当力……C


泉 京香(いずみ きょうか)

言わずと知れた名編集。ドラマでレギュラーを獲得し、逆輸入される形で原作でも準レギュラーとなりつつある。
初出は2012年発表の『富豪村』。その後は貝森よろしく一話限りの登場と思われたが、ドラマ版の成功を受けてか2022年発表の『ホットサマーマーサ』にて実に10年ぶりの再登場。続く『ドリッピング画法』にも続投している。
ノベライズでの登場も果たしており、2021年発表の黄金のメロディ(作・北國ばらっど)にて富豪村の前日譚が語られていた。

貝森の登場のすぐ後で担当編集が変わった為、泉の再登場までは「露伴の担当編集は毎話ごとに変わるもの」というイメージがあった。

性格は良く言えば天真爛漫、悪く言えばマイペース。基本的に編集として活躍しているんだかしてないんだか曖昧。しかし、貝森以上に露伴の攻勢をものともしない天然っぷりは一周回って露伴の対応に相応しい格を備えていた。

そもそも、富豪村の時点でその片鱗は見えていたと言える。
富豪村は彼女が村の土地を買う話が発端だった。奇妙な村を見つけ出して、担当漫画家の為に自分が当事者となる……あんまり物事を深く考えていないからかもしれないが、かなり豪胆な精神の持ち主ではないか。

富豪村で散々な目に合いながらもケロッと編集を続けている所からもその鉄のハートっぷりは察せようというもの。
しかもこの泉、ドラマ版だと露伴の相方と言うべき存在だが、荒木先生によると『悪役』なのである。

荒木先生にとって悪役とは主人公の障害となる事柄全般という捉え方で、
ホットサマーマーサで露伴のデザインを勝手に改変した所はまさしく悪役として相応しい。荒木先生自身、「ムカつきながら描いた」とキャラとしても会心の出来だったという。
しかもドリッピング画法ではいつもの天然を発揮して露伴を怒らせる……ように見せかけた密かな気遣いも出来る女性であると示しており、この無敵っぷりは他の追随を許さない。

ヒロインは出来るし悪役も出来る。まるで完全栄養食のような存在。

それを裏付けるかの如く、ドラマ版では原作で康一や億泰が担ってた役割を果たすなど、他の担当をブチ抜く独走状態で今後も確固たる地位を築いていくのだろう。

ドラマも原作も、彼女の今後に大いに期待しよう。

担当力……A


唐沢 徹(からさわ とおる)

初出は2017年発表のノベライズ
『シンメトリー・ルーム』
(作・北國ばらっど)から。
別に透龍くんと何か関係があるわけではない。

知る限りでは荒木先生以外の作家による最古のネームド担当である。登場の時点ではまだドラマ版は制作されておらず、露伴以外のキャラは一話限りが基本であった。この担当編集もそれに倣って創作されたのだろう。

その登場第一声は「露伴先生って『アナログ至上主義』なんですかァー?」である。とどの詰まり、露伴に「ペイントソフトとかデジタル機器使わんの?」と聞いており、これが露伴の嫌厭を誘ってしまう。

単純に露伴にとってはアナログの方が速いからそうしているだけで、デジタルに何か忌避感があるわけではない。
作家の創作環境に不躾に口を出す唐沢の無神経っぷりは、若さ故の無知とはいえジョジョモブ特有の間延びした口調も相まって多くの読者が露伴に同情した事だっただろう。

それでもまだ若いというだけあって何度か打ち合わせをする内に仕事を吸収していったようだが、タイミングを掴む力に欠けており、露伴が早く店を出たいのに長話を始めてしまう体たらくであった。

しかし、露伴の説教や塩対応にもめげず話題を振ろうとする胆力は評価すべきものがある。そもそも、露伴のような気難しい人間を相手取るには一挙手一投足にビクついているようではとても仕事にはならないのだ。
唐沢と露伴の関係は季節をまたいで続いた事が示されており、露伴も多少は成長を認めている。袖にされてもめげずに露伴との親睦を図ろうとする挑戦心は、課題こそ多いものの今後の成長性については期待が持てる。

しかしながら、貝森を始めどうして露伴の担当はこう、若くて露伴をどこか舐め腐った奴が配属されるのだろう。
編集部にこんなタイプの若者しか就職して来ないのだろうか? ある意味ジョジョモブのテンプレートなのだが、それにしても編集部の内情が気になる。露伴のスタンスについて訓示されてもなさそうだし。

やはり、こういう若者を鍛え上げる為に新人に一人で露伴を担当させる慣習があるのではないだろうか。図らずも『露伴は若い編集者の養成所説』を補強する評価となってしまった。

担当力……D


白原 端午(しろはら たんご)

初出は2016年発表の『天気雨』。

いや誰だよ。

と、天気雨を既読の方は思われるかもしれない。
けど本当にいる。信じてほしい。

彼の登場には少しややこしい経緯がある。

まず「初登場」という定義でならば天気雨からなのだが、その時点では名前もなければビジュアルもなかった。
それもそのはず、露伴の電話越しにのみ存在を確認できる担当編集だったからだ。
天気雨の冒頭、打ち合わせに向かう露伴はスマホでこの人物と会話し、待ち合わせ場所について話し合っていた。
それだけである。

露伴の電話越しなので、その時点では相手の口調すらわからない。あらゆるパーソナリティが謎に包まれていた。
それだと貝森か泉の可能性があるのではないか? と思われるだろう。

だがそれは無いと断言できた。
何故なら、露伴が敬語で話をしているからだ。

あの露伴が敬語である。
無論、露伴だって一応は社会人なので公の場や初対面の人物にはちゃんと礼節正しく接している場面もあるのだが、密なやりとりをする担当編集に対して敬語なのはただ事ではない関係を匂わせていおり、その謎めいた存在に多くのジョジョラーが考察や議論を交わしていたに違いない。本当か?

そして、その正体は2021年発表のノベライズ、『原作者岸辺露伴』(作・北國ばらっど)にて明らかとなる。

「浪漫」が口癖の利益主義者で、かつて露伴が短期連載した『異人館の紳士』の担当編集を務めた。現在は別冊の編集長に就任している。

企画途中で担当変更になったものの、その実力は露伴も認める所であり、執筆速度を見込んでピンクダークの少年と平行して連載をしようと持ちかける慧眼は編集長に上り詰めるに足るものだった事を示している。

作中で露伴は白原に「あの描き下ろしの打ち合わせが中止になった天気雨の日~」という内容の台詞を語っており、天気雨での打ち合わせが異人館の紳士の新装版描き下ろしの打ち合わせである事が明かされ、同時に天気雨での電話相手が白原だと確定した。

飄々とした態度の白髪が生える程度には中年の男で、原作者岸辺露伴では露伴にかつて連載していた異人館の紳士の実写映画化を打診していた。
芸術肌の露伴に対して「金やチヤホヤされる為に仕事をしている」と言い切るほどの真反対な性質を持った編集だが、それが逆にお互いの長所を引き立て合う良好な関係を築けていたようだ。
とはいえ露伴も白原からネームにケチを食らうとインク瓶を投げつけるなど若かったからで済まされないようなバイオレンスさを発揮しており、まるで鍔迫り合いの如きやり取りから露伴の尊敬を勝ち取っているのだからかなりの強者だ。

金の亡者というだけでなく、露伴を通じて作品を世に出す重さも、作品そのものが持つ力についても承知しており、清濁併せ呑んだ年季を感じさせる。

途中で担当編集していなければ異人館の紳士をピンクダークの少年並の長期連載に出来たとも豪語するその担当力は文句なくトップレベルのものと言えるだろう。

担当力……B


梨崎(なしざき)

誰だろう?  教えて下さい。

自分で出しといて何言ってるんだって感じだが、この人物については本当にわからない。
初出は2021年発表のノベライズ『原作者岸辺露伴』(作・北國ばらっど)。

先述の白原から異人館の紳士の担当を引き継いだ。わかっているのはそれだけである。
白原の台詞で一言だけ語られた担当であり、パーソナリティはおろか性別すら不明。
一応、異人館の紳士を連載中だった露伴からドラマ化を同意させた実績はあったのだが、それも露伴が撮影現場を取材したかったからというもので、梨崎自身の説得によるものではない。

ゆえに担当としての実力はほぼ不明と言ってもいい。

一応、言及されている以上語るべきであろうと名を挙げたのだが、本当に情報が僅かしかない為、何も言えないというある意味で一番厄介な担当編集である。

だがここでジョースター卿の名台詞「逆に考えるんだ」である。

何も言えないのではない。あらゆる事が言える担当だと考えるのだ。

荒木先生は天気雨のあとがきでまだ認知されていない新生物について「架空の生物の事について考えるのは楽しい。もしかしたら居るかもとチラッと思った時の感覚が好き」と語っていた。

姿も形も、性格も何もかもわからないが、確かにいる担当編集。

ホンの少しの手がかりを元にその編集について思いを馳せ、空想を広げる。
まるで荒木先生の思想にピッタリの担当編集ではないか。
そう、梨崎だけではない。露伴はここに上げた以外にも多くの編集と関わっているはずだ。
今でこそ露伴といえば泉なイメージだが、露伴に一番近い位置であり色んな人物に代替が可能な担当編集という地位は様々な人物像を繰り広げられるフロンティアである。

皆さんも時折、この梨崎について一度想像をしてみては如何だろうか。そこには『無限』に続く担当編集の創造があるだろう……。

担当力……不明


曰くのない人形で露伴の担当編集だった奴

だから誰だよ。

初出は2024年発表のノベライズ、『曰くのない人形』(作・柴田勝家)

露伴との会話はあるものの、名前が出ていないせいでこう呼称するしかない。若い男性である事から貝森や唐沢の可能性はあるが、明記されていないので別人物とした。

いつも通り露伴が勝手に首を突っ込んで死にかける話を聞かされて「面白いィ~」と無邪気にはしゃぐ反応を見せた。この手の担当編集の例としてやっぱり露伴をどこか舐め腐っている。本当にあの世界の集英社ってこんな人材ばっかりなのか……?

とにかく奇妙な出来事を全てフィクションと思っており、観客として外側から消費する性格らしく、道を歩けば怪異にぶつかる岸辺露伴ワールドにおいていささか危機感が欠如していると言わざるを得ない。

だが、露伴の発言をきっちりメモしていたり、ネタを扱う際にヤバそうな箇所は改変しようと提案している所から標準的な担当編集としての実力は兼ね備えていると見える。

露伴の語りを全てフィクションと笑い飛ばす鷹揚さ、その中でもキッチリ仕事はこなそうとするマメさは泉の攻撃力と貝森の防御力を兼ね備えているオールラウンダーを感じられるだろう。

しかし、そのドライな姿勢は物事に入れ込む露伴との相性はあまり良くはなさそうで、如何に露伴の担当が困難であるかがわかる。

担当力……C



以上になる。

泉だけではない、個性豊かな担当編集たちの魅力を知ってもらえれば幸いである。
同時に露伴の「聞き手」として最適かつ便利なポジションである担当編集の唯一無二さがわかるはずだ。

本来、岸辺露伴は動かないは露伴が語り部となって物語が始まるものだった。今となっては露伴が最初から動きまくっている話も多いが、最新作のドリッピング画法などでも語り部のスタイルは引き継がれている。
その中で聞き手の読者とシンクロする担当編集の立ち位置は露伴とは切っても切り離せない関係だ。

かつてシリーズの出発を飾った『懺悔室』ではもともと露伴の登場予定は無かった。だが「露伴が出ていた方が断然良い」として荒木先生が縛りを破ったからこそ、今日までのシリーズがある。

この語り部のスタイルは振り返ってみれば荒木先生のデビュー作、
『武装ポーカー』でも取られていた手法だ。岸辺露伴は動かないとは、ある意味で漫画家・荒木飛呂彦の原点回帰とも言える作品なのである。

懺悔室の初出は1997年。岸辺露伴は動かないとは実に27年もの過程を携えたシリーズであり、第四部の枠を超えて未だ活躍する岸辺露伴は、アニメ化のみならず実写ドラマ、映画化を経てさらなる領域に手を広げようとしている。

聞き手であり読者である我々にリンクする担当編集とは、まさに岸辺露伴の傍に立つ、シャーロック・ホームズにおけるワトソンのように無くてはならない存在だ。

『語り』を『聞く』、あるいは『共に在る』担当編集とは、まさに荒木先生の長い作家人生の中で醸成されたキャラクターと言っても過言ではない。

いや過言かな……。




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