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やさしい人を助けたいのに

私が入社する2か月前くらいに入社された、先輩お姉さんの話です。

お姉さん(40歳くらいかな)は、ひとつひとつの所作が美しく、上品で控えめな女性です。いつも相手に合わせてお話しをして、さりげなく人を立てるので、お姉さんとお話しする人は皆気分がよさそうです。そんな、人間のきたない部分を全部そぎ落としたかのような存在であるお姉さんが、お昼休み、お弁当を温めながら私に言いました。

「昨日の夜は眠れなかった。月曜日はいつも緊張しちゃってね。いつも朝ご飯が食べられないの」

これだからおばさんは困っちゃうよね、とお姉さんは笑っているように見えました。
私は何も言えませんでした。

お姉さんの仕事には、スピードと正確さが求められます。それに加えて、お怒りのお客様の対応をしなければならないこともあります。さらに言えば、お姉さんの隣に座っているお姉様(どちらが年上か知りませんが…)が、いわゆる”お局様”なのです。

お姉さんは、やさしい人です。
やさしい人だから、丁寧に仕事をします。丁寧な仕事をしようとすると、確認する点が増えるのですが、確認しようとするとお局お姉様に怒られます。でも、確認しないでことを進めるとミスに繋がってしまい、結局お局お姉様に怒られてしまいます。
また、やさしい人だから、お怒りのお客様の対応をしていると、(お怒りの理由がお姉さんに全くないのに)自分が悪いと思ってしまって、心が傷ついてしまうのでしょう。
そんなやさしい人だから、仕事に緊張して夜眠れなくなったり、朝ご飯が食べられなかったりしてしまうのだと思います。

私たちはやさしい人にたくさん助けられているのにも関わらず、世の中の理不尽からいちばん最初にダメージを受けるのは、やさしい人です。だから、やさしい人を助けたい。

いつの日かお局様に怒られているお姉さんを見ながら、そう思ったことがあったはずでした。


「昨日の夜は眠れなかった。月曜日はいつも緊張しちゃってね。いつも朝ご飯が食べられないの」

これを言ったのが私の友達であったならば、私は迷わずこう言ったと思います。

「そんな会社やめなよ。心が病気になったら大変だから」

私にとってはお姉さんだって大事な人なのに、私はこの言葉を言うことができませんでした。

私はお姉さんに憧れて、お姉さんみたいになりたいと思ってる。だから、まだ私のそばにいてほしい―。

そこで、はっと気付きました。

私もまた、やさしい人にダメージを与えているんだ。

私は、何も言えませんでした。


写真:きつねっこ様

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