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「須藤蓮の右腕②」(永長優樹)~【連載/逆光の乱反射vol.22】

『逆光の乱反射』は映画『逆光』の配給活動が巻き起こす波紋をレポートする、ドキュメント連載企画です。広島在住のライター・小説家の清水浩司が不定期に書いていきます。

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永長にとって20歳の夏休みは人生の大きな転機となった。

大学3年生の夏、東京の同級生たちは企業のサマーインターンや就職活動に忙しい。そんな中、永長は「ヤドカーリ(彼が宿泊したゲストハウス)のヤドカリ」と言われるほど尾道にどっぷり浸かり、地元の人たちに溶け込んだ。

当初はこんなに長くいるつもりはなくて……とりあえず蓮くんが帰るまではいようと思ってたけど、楽しかったし、蓮くんも東京に帰らなかったのでずっといちゃいましたね。学校の友達に「遊びに来いよ」って連絡したけど誰も来なくて。みんなこの夏休みから急に就活を頑張りはじめたんです。それまでは遊んでばかりで「僕の方が大人と関わって先に進んでるぞ!」なんて思ってたけど、急にTOEICの勉強をはじめたり、エントリーシート書きはじめたり。それがストーリーにばんばん上がるようになって……そのときは「出遅れた!」って思ったけど、今は真剣に就活のことも考えられるようになりました。ここにいて「やりたいことをやった方が絶対楽しい」と思ったし、いろんな人と話ができたし。自分のやりたいことがはっきりしてきたと言うか……

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自分の役割を見い出せずもがいていた3月の末から、永長は自力で居場所を切り拓いていった。彼は『逆光』に関する活動のほぼすべてに帯同した。トークショーではスクリーンに映像を映し、舞台挨拶では須藤や渡辺をカメラに収めた。関係者からのコメントが必要となれば彼のアドレスが送付先となり、大友良英の尾道ライブの際は地元の人たちとの調整役を担った。その動きは「何をしていたのか?」と聞かれたら「何でもしていた」と答えるのがふさわしく、日々展開する配給活動の中で必要なことが発生するたび永長がそこを埋めていった。

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最初は自分のオリジナリティを出そうと必死だったけど、途中でそれはムリだと気付いたんです。僕には特別なスキルもないし熱量もない。だけど「このチームの中でどうやったら須藤蓮を一番輝かせられるか?」って考えるようになったら楽しくなってきたんです。それは誰よりもできるっていうか。蓮くんはしっかりしてるけど、抜けてるときもあれば弱気になるときもあって。それまでは自分がプレイヤーじゃないとイヤだったけど、今は堂々と須藤蓮のサポートをすることが自分の仕事だと思えるようになったんです。逆にそう思えたことで蓮くんに対しても意見できるようになったし、対等な立場で話せるようになりましたね。

永長が熱中したサッカーに例えれば、司令塔として君臨する須藤が自由に動けるよう、永長は下がり目の位置でこぼれ球を拾い、須藤を攻撃に専念させる役割に就いたといえる。地味な汗かき役かもしれないが、こういう人がいないとチームというのは回らない。

では彼の言う、今回の経験を経て見えてきた“やりたいこと”は具体的にどんなものだろう?

映画プロデューサーとかマネジメントとか、言葉にするとそういうものかもしれないけど……結局やりたいのは「須藤蓮が面白いと思うことをやり続けられる環境を作ること」なんです。僕自身にアートとかそういう素養はまったくなくて、ただ「面白いことをしたい」という気持ちしかなくて。そうなるといま一番面白いのは間違いなく須藤蓮なんです。彼がやろうとしていることは僕の延長線上にあるから、とにかくこの人に暴れてもらいたいんです。

暑い夏の間、須藤への信頼が深まる一方、痛感したのは自分自身の未熟さだった。

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ぶっちゃけ、いま何が起こっているのか把握できてなくて何もしゃべれないんです。尾道で感じたことが強烈すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃで。2年後くらいにようやく整理できるんじゃないかな……。
ただ、いろんなことを知ったからか、自分の話す言葉の粗さはめっちゃ感じるようになりました。自分のいま感じていることを正確に伝えるには語彙力が足りないし、今の自分の言葉では表現できない。だから尾道に来る前より今の方が口下手になったかもしれない。今はより正確に物事を伝えるために自分の感性を磨いて、言葉を磨かなきゃって思います。それができて初めて、蓮くんが迷ったとき「行け!」って背中を蹴れるような存在になれると思うから。

「夏の尾道は最高ですよ」――月の輝く尾道水道を眺めながら、永長は何度もつぶやいた。この先どうなるか、それは誰にもわからないが、今秋撮影の須藤の次作『ブルーロンド』の制作現場に入れることが決まったことを嬉しそうに話してくる。言い忘れたが、このnote企画「逆光の乱反射」も作品を援護射撃するため永長が手を挙げて立ち上げたものだ。

(渡辺)あやさんが蓮くんを見守って育ててきたみたいに、僕も蓮くんに育ててもらってる気がするんです。自分があやさんに言われたりしてもらったことを、そのまま僕にやってるというか……

個人的に須藤と永長の関係は『逆光』の吉岡と晃の姿と重なって見える。敬意と友愛がもつれ合いながら、2人の旅路はすでに次の目的地に進みつつある。

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【追記】永長は『逆光』東京公開時の配給活動と『ブルーロンド』の撮影に密着するため、大学を休学することを決意した。(この項、おわり)

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