見出し画像

「公開スタート」(@シネマ尾道 2021.7.17)~【連載/逆光の乱反射vol.7】

『逆光の乱反射』は映画『逆光』の配給活動が巻き起こす波紋をレポートする、ドキュメント連載企画です。広島在住のライター・小説家の清水浩司が不定期に書いていきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

須藤蓮は泣いていた。

画像1

ドアの向こうでは11時25分にはじまった映画『逆光』初回の一般上映が終わろうとしていた。須藤は渡辺あやと、シネマ尾道の支配人である河本清順と一緒に劇場の廊下の椅子に座っていた。場内からは映画のラストを飾る大友良英の音楽が流れている。彼らはこれから“初めての観客”を前にトークイベントをするため、劇場に入る寸前だった。河本が司会を務め、須藤と渡辺が話をする役回りだった。

3人の目の前には『逆光』と『ワンダーウォール』のポスターが貼ってあり、その横には「シネマ尾道さんへ WONDERWALL」、そして2人のサインが書かれた色紙が並べられていた。色紙の下には小さく「2020.2.29」という日付が書かれていた。

渡辺が「早いですね、もっとあったような気がする……」と口にする。あれから1年5ヶ月。ついに映画が完成し、壁の向こうでは本邦初の一般上映が終わろうとしている。それを映画のはじまりの場所である、ここシネマ尾道で迎えている。

思わず感極まる須藤に、まわりのスタッフたちがあたたかく笑った。泣き虫の須藤は昼食の段階で早くも涙ぐんでいたという。

トークイベントではさっそく渡辺に「トークがはじまる前から泣いちゃって」とバラされ、須藤はバツの悪そうな顔をしていた。

画像2

映画『逆光』は尾道で一番最初に公開する。それは須藤の中でも、渡辺の中でも譲れないことだった。

11時25分の開場前、JR尾道駅からほど近いシネマ尾道の入口周辺にはちょっとした人だかりができていた。徒歩や自転車で次から次へと人があらわれ「おめでとうございます!」と声が飛ぶ。

輪の中心にいるのは須藤である。誰かにもらったひまわりのブーケが今日の主役の目印になって、いつもよりさらに忙しそうに動いている。渡辺も渡辺で挨拶に追われ、しかしカメラを向けるとこっちにVサインをあげてくる。

ピース、ピース! やっぱりちょっと弾んでいる。

次から次へとやって来る人の中には、この1年5ヶ月の間に須藤と渡辺が尾道で知り合った人も多かった。映画の撮影、完成試写、宣伝活動の数々。「ひさしぶり!」「あ、〇〇さん!」と駆け回る様子は、まるでこれから須藤の結婚式か成人式でも行われそうな雰囲気だ。すっかり地域に溶け込んだ “この街のこども” の晴れ舞台、いよいよ――といった感じである。

画像3

初回の上映に駆け付けた観客は約70人。立ち見が出るほどではないが、客席はほぼ満員だ。

トークに立った須藤は開口一番、「めっちゃ人いますね」と嬉しそうな声を出し、映画監督としての第一声に声を詰まらせた。「前回の『ワンダーウォール 劇場版』での舞台挨拶は10人くらいだったから……」。

後ろから見ていると、席の前方は白髪頭の年配の観客がぎっしりと占めていた。おそらく尾道の映画文化を守ってきた重鎮たちだろう。後ろには若者や家族連れの姿も見える。

そんな2人を受け入れた街の最初の観客に対し、須藤は「ずっと尾道で映画を撮った必然性について考えてて。わかったのは、ここは僕を教育してくれる場所だということでした。ガチでぶつかって、うすっぺらい自分が正されるところ」と正面から切り込んだ。

それをフォローするように渡辺は、「こうした若手を応援するのが大人の役割」「尾道は人が圧倒的に魅力的に見える街。あらゆる人の人生をまるごと受け止めて、美しい画にしてくれるチカラがある」。

我が意を得たり、と満足そうにうなずく重鎮たちの姿が印象的だった。

映画初上映の直前、多くの仲間や来場者に囲まれ、もみくちゃにされる中で須藤はこんなふうに漏らしていた。

今はもう肩の力を抜いて、感謝しようって気持ちです。だって、ここまで来たら俺にやれることは何もない。これまで完璧にやることにずっとこだわってきたけど、今これだけの人がいて、応援してくれて、ここで映画をかけられる……映画を撮ることを決めて、この街の人たちと作って、一緒にやってきたこの尾道で映画をかけられる……胸いっぱいですね。今日だけは言葉にならないです。

色紙に書かれた「2020.2.29」という日付は、須藤が初めて尾道に足を踏み入れた日だった。『ワンダーウォール 劇場版』プレミア上映のために渡辺と尾道を訪れたその日、渡辺はすでに「映画を撮りたいんだけど、どこかいい場所ないですか?」と河本に相談していたという。そして須藤はこの街と恋に落ち、半年後に自身の初監督作を撮りに戻ってくることになる。

はじまりの場所であり、作品の舞台に選んだ街であり、その風景を愛し、そこで暮らす人たちと深くかかわった土地の人々に一番最初に完成品を見てもらう。そこに最初に作品を渡した後、そこから外に広げていく。

「創作も配給も、ひとつもウソが混じってない状態で届けたい」と何度も言っていた須藤の想いは、ぐるり尾道で起承転結を結んだ。まずはキチンと筋を通したということだ。

映画『逆光』の興行が尾道の映画館からはじまった。

画像4

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
映画『逆光』は現在、配給活動を支援するためのクラウドファンディングを行っています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?