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マレーシア語とインドネシア語③イギリスかオランダか

  植民地時代に入ってきた語彙について紹介したいと思います。

マレー世界の外来語

 今回紹介する語彙は外来語です。といっても外来語にもいろいろな種類があります。日本語でも、たとえばカステラやカルタといったことばポルトガル語由来ですし、そもそも中国語からは膨大に語彙が入りまくっていますが、中国語由来の語彙などは外来語とは認識しないはずです。たとえばコンピュータとかバッグどか、明らかに英語由来のそういうのが外来語として認識されているように、マレー語世界にも似たようなところがあります。

 マレー世界は古くからインド世界やアラブ世界の影響を大きく受けてきました。日常的に使う語彙にサンスクリットやアラビア語、ペルシア語由来の語彙がたくさん入っていますし、それらをみて「ああ、これはサンスクリット」だなどと認識されています。前回の記事にもたくさんアラビア語由来の語彙があったりしたのですが、マレーシアとインドネシアの些細な綴りの違いはアラビア語をどう表現するのか、といったところが大きかったりするのです。

 サンスクリット由来の語彙:

ことば、~語=bahasa

話=cerita

 アラビア語由来の言葉

考え=馬:fikir 尼:pikir

平等:adil

 これらの語のように、サンスクリットやアラビア語からは、特に後者からは思考や宗教といった概念的な語彙が多いように感じます。

 また、マレー世界に初めて入ってきた「白人」はポルトガル人で、マラッカの最初の「支配者」になった彼らは多くの語彙を残していきましたが、その時代に残されていった語彙は比較的、マレーシアとインドネシアで共通しています。むしろそのあとに来て、長らくマレーシアとインドネシアを支配したイギリスとオランダのほうがたくさんの語彙を残し、違いを生み出してきました。

 参考までに、ポルトガルから入ってきた語彙を紹介します。いずれもマレーシアとインドネシアで共通の語彙です。

机=meja

週=minggu

シャツ=kemeja

学校=sekolah

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マラッカの聖パウロ教会跡とフランシスコ・ザビエル像。ポルトガルが最初に建てた要塞のなかにあります。

どういった語を西洋から取り入れたか

 こういう見出しを作っておいてなんですが、じつはこれという基準がないんですよね。たとえばマレーシアとインドネシアに共通する語彙としてkomputer「コンピューター」やradio「ラジオ」のように明らかに近現代の西洋から入ってきたようなことばなどはわかりますが、hotel「ホテル」といったような、大航海時代以前からマレー世界にあったようなものも取り入れています。

 はっきり言えるのは、まんべんなく入っているということでしょうか。身もふたもない話ですね。日本語も似たような事情ですし、とくに英語由来の語が多いマレーシアはなんとなくわかるようになると思います。

 ただし綴りはすべてマレー語の正書法に合わせられているので、たとえば「食堂」は英語ではcanteenですが、マレーシアやインドネシアではkantinになっています。

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「本」はbukuですが、こちらはオランダ語のboekから。

お出かけしてみよう!

 生活をしていると公共交通機関を使用することが多いと思いますが、鉄道駅のことをマレーシアではstesen、インドネシアではstasiunといいます。電車を待つのはプラットホーム、マレーシアではplatform、インドネシアではperonです。

 鉄道があればバスもあるのが都市交通。マレーシアではbasでインドネシアではbus、もしくはbisです。インドネシアはbisを使うことが多い印象がありますが、オランダではbusだそうです。

 鉄道もバスもカードが使用できます。カードが欲しければマレーシアではkad、インドネシアではkartuと言いましょう。赤道直下なので電車やバスを待っている間はめちゃくちゃ暑いです。冷たい飲み物を飲みましょう。アイスはマレーシアではais、インドネシアではesです。

 公共交通機関は危険がいっぱい。身の危険を感じたら警察を呼んでください。マレーシアではpolis、インドネシアではpolisiです。呼ぶときは電話を使います。マレーシアではtelefon、インドネシアではteleponです。

 いや、ぜんぜん微妙ですらない違いもあるんですけど、という声もあるとは思いますが、ちょっとした移動をするだけでこれだけの違いが出てくるのです。

おさらい

駅=馬:stesen 尼:stasiun

プラットホーム=馬:platform 尼:peron

バス=馬:bas 尼:bus / bis

カード=馬:kad 尼:kartu

アイス=馬:ais 尼:es

警察=馬:polis 尼:polisi

電話=馬:telefon 尼:telepon

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ジャカルタ・コタ駅(Stasiun Jakarta Kota)で発車を待つ列車。ちなみに列車はkereta api(直訳すると「火の車」)でマレーシア、インドネシアともに共通です。

なんかぜんぜん違うやつ

 さきほどの違いはなんとなく似てるなというか、まあ片方の知識があればもう片方もなんとなくわかるなあという程度の違いでした。当然ながら英語とオランダ語という言語は系統が近い言語であるとはいえ、違うふたつの言語なのでまったく似ていない外来語どうしが取り入れられていることもあります。

 さておでかけの続きにいきましょう。

 外に出かけるときにはかばんを持っていくことが多いと思いますが、マレーシアでは英語由来のbegですが、インドネシアではそのままオランダ語からtasということばが入っています。ちなみにかばんという意味のことばにranselということばもありますが、こちらは日本語のランドセルとおなじオランダ語のranselが由来のことばです。インドネシアのranselはどちらかといえばナップザックとかのほうがイメージとしては近いかもしれません。

 熱い地域なのでタオルは必須です。マレーシアではtualaを取り出しましょう。これでもtowelが語源なんですよ。インドネシアではhandukです。汗は適度に拭きましょう。

 乗ったバスが急にパンクするかもしれません。タイヤはマレーシアではtayarですがインドネシアではbanです。

 バスがパンクしちゃったので電車に乗って帰りましょう。チケットはカウンターで売ってます。マレーシアではkaunter、インドネシアではloketです。チケットはマレーシアではtiket、インドネシア語ではkarcisです。

おさらい

かばん=馬:beg 尼:tas

タオル=馬:tuala 尼:handuk

タイヤ=馬:tayar 尼:ban

カウンター=馬:kaunter 尼:loket

チケット=馬:tiket 尼:karcis

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インドネシアの駅のチケットカウンター。karcis「チケット」はすべてICカードです

片方だけ外来語がよく使われるパターン

 先述の通り、マレー語に入ってきた西洋の語彙は必ずしも近現代にできた概念のことばだけではないのですが、マレーシアとインドネシアでそれぞれ標準語を制定していく過程で、片方だけが外来語を使ってもう一方はマレー語やそれ以外(サンスクリット、アラブなど)由来の語彙を使う、というパターンもあります。

 たとえば病気になったとき病院に行きますが、マレーシアで探すのは簡単です。英語と同じhospitalなので、マレー語が分からなくても「あそこは病院なのか」とすぐに理解できると思います。インドネシアではrumah sakitと表現します。直訳すると「病気の家」で、マレーシア人からするとすごく違和感のある表現だと聞いたことがありますし、インドネシア人からすればhospitalは「英語そのままやないか」というツッコミをいれたくなるのだそうです。

 今回は乗り物関係をたくさん紹介しているので、乗り物を続けて出しますと、車はマレーシアでkeretaですがインドネシアではオランダ語由来のmobilです。このkeretaということばはインドネシアでは車というより車両全般を指すみたいです。

 バスを待つところはバス停、マレーシアでは先ほどのbasとくっつけてperhentian basもしくはhentian bas(直訳:バスの停まるところ)といいます。まあ長いのでマレーシア人もみんな英語でbus stopとか言ってますが、それはともかくこの長ったるい語が正式名称です。インドネシアではすっきりしていてhalteです。こちらはオランダ語。

 自転車はマレーシアは英語由来のbaisikalでインドネシアではsepeda。eがふたつ続きますが「すぺだ」と発音するのがポイントです。

 これは前々回の記事でも紹介しましたが、部屋のことをbilikと呼ぶマレーシアはおそらくマレー語の語彙ですが、kamarと呼ぶインドネシアはじつはオランダ語由来の語彙だそうです。余談、インドネシアの俗語でトイレをkakusと呼ぶことがあるのですが、オランダ語のkak huisだそうです。

おさらい

病院=馬:hospital 尼:rumah sakit

車=馬:kereta 尼:mobil

バス停=馬:perhentian bas 尼:halte

自転車=馬:baisikal 尼:sepeda

部屋=馬:bilik 尼:kamar

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クアラルンプールのHentian Bas Pasar Seni(パサールスニバスターミナル)の案内。koridor(路線)なんかも外来語ですね。

語尾の違い

 英語には-tionや-tyの接尾辞が付く、名刺を示す語彙がたくさんあります。location、communication、university、communityはそれぞれマレーシアではlokasi「場所」、komunikasi「コミュニケーション」、universiti「大学」、fakulti「学部」になります。そのまま音写すればいいですね。

 インドネシアでも-tionで終わるタイプの語彙がそれぞれlokasikomunikasiで取り入れられていますが、英語の-tyで終わる語彙は注意が必要です。大学と学部はそれぞれuniversitasfakultasで、語尾が-tasになります。

 ただし、これらのもととなったオランダ語の語彙が-tasで終わっているわけではなく、オランダ語ではそれぞれuniversiteitとfaculteitというのだそうです。実際、インドネシアでも独立直後は大学のことをuniversitetと呼んでいたそうですが、1955年に-tasに変えたそうです。

 外来語であってもマレー語の語彙のひとつであり、こういった明らかな外来語にももちろん接辞を付けることができ「コミュニケーションをとる」がberkomunikasiになるなど、ちゃんとマレー語になっています。

 また、-gyで終わる単語、例えばtechnologyのようにdʒ(じー、みたいなかんじ)になる単語がありますが、マレー語では-jiではなく綴り通り、しかしマレー語の正書法に合わせてgiのまま入ります。teknologi「技術」は「てくのろぎ」にように発音されますが、実際の生活レベルでは「テクノロジー」の人が多いです。

 正書法について若干言及しておくと、マレーシア語の綴りの例外のひとつがMalaysiaです。

おさらい

場所=lokasi

コミュニケーション=komunikasi

大学=馬:universiti 尼:universitas

学部=馬:fakulti 尼:fakultas

技術=teknologi


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マラヤ大学Universiti Malayaの図書館。マレーシアで最も歴史のある大学のひとつです。インドネシアのインドネシア大学はUniversitas Indonesia。

旧宗主国の影響力

 こんなかんじで、マレーシアやインドネシアなど、マレー世界にはたくさんの外来語があります。何百年にもわたる支配の影響は語彙のみにとどまらず、社会や国の在り方にも影響しています。

 マレーシアやシンガポール、ブルネイなどの元英国植民地諸国はいまでも英語が社会的に大きなプレゼンスを持っている言語です。シンガポールでは実質的な第一言語、マレーシアやブルネイでも広い場面で英語が使われています。英語でないとサービスが受けられません、みたいな場面も少なくないのです。英国連邦(コモンウェルス)に加盟し、英連邦や旧英国植民地諸国とのつながりも強く、オーストラリアやイギリスにはたくさんのマレーシア人がいます。

 インドネシアは現地人にオランダ語教育を広く提供していたわけではなく、オランダ人官吏が現地語を覚えるという方針だったらしいので、オランダ語の使用こそないですが、インドネシア語のなかにたくさんのオランダ語由来の語彙は残っています。また、こればかりはインドネシアに限った話ではないですが、法律などの旧宗主国の残したものをベースにしているので、1970年代でもオランダ語の法律文書を使っていた分野があるというほどです(環境法など)。

 1974年にマレーシアとインドネシアで綴りの方法を統一しましたが、発音の部分に大きな違いが残りました。アルファベットの後ろから数えて5つ目、「v」の音をマレーシアでは英語そのままv(β)ですが、インドネシアではオランダ語とおなじようにf(ɸ)の発音が残っています。vaksin「ワクチン」はマレーシアでは「ヴァクシン」ですが、インドネシアでは「ファクシン」になるといったかんじです。

 これまでは単語レベルの違いを見ていきましたが、つぎは綴りのルールの違いなどを紹介していければと思います。

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背景写真はKLMオランダ航空機がクアラルンプール国際空港に駐機しているところ。アムステルダムからクアラルンプールにいちど降りて、ジャカルタに向かいます。クアラルンプール~ジャカルタの往復だけ乗りましたが、オランダ人CAさんがインドネシア語で機内放送をしていました。

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