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1つのものをつくること。

1人ぼつぼつと何かを作り始めて5年。
誰にも指示を受けず自分の意思で作り続けて行くことに自由な楽しさを知った。

でも私は知っている。今では滅多に味わえないこと。それは大勢の人と関わり1つのものを作り上げる難しさと楽しさだ。

今の作家と呼ばれるようになるまでは
小さな町工場で7年間働いていた。デザインを起こし、金型を作り、金属を加工し、メッキや塗装、各持ち場のリーダーを中心に70人弱の人達が関わり毎日たくさんの商品が作られている。

私はその中でもデザインや企画、営業等の部署に所属していた。

“作りたいものを各部署に依頼する”

一言で言えば簡単だが自身が求めている物やそれ以上のものが1回で手元に届くのは非常に難しい。

自分では作らない人。伝えるだけの側であっても
作ることの知識は絶対に必要であって無いものとあるものとでは同じ作り手でも生まれてくる品に大きく差をつけた。

知識がなければ相手の苦労も知れない、
どんな所に拘ったのか、心遣いさえ気づけない。
それは積み重なることにより作り手側の気持ちにも現れ「この人の依頼は頑張りたい」「この人は分かってくれないから」…と、心の差が仕上がりの差にもなってくるのだ。

当時の工場で好きだったのはモノづくりにおいて上下がなかった事だ。もちろん上司、部下としての建前はあるが1つの良い物を作るためには部下が上司に噛み付くように否定する事もあった。

私は工場の1番の責任者である工場長と企画を考えることが多かった。最初は恐れ多くて何も言えず全てに「YES」と言っていた。「YES」と言ってる間はずーっと失敗だらけで何度も現場にやり直しを依頼し嫌われていた。

ある時、半年間修行だと言われ現場に配属になった。企画部で役に立たないから島流しにあったと噂が流れ私はここで生き残らなければ首になる可哀想な子なんだ…と現場の皆は優しかった。半年間、作る側の者として働いてみて感じるのは一人一人の情熱だった。

“焼き時間をかえたら色が安定したぞ!”
“ここに1工程入れたら今よりもっと綺麗だ!”

誰かに指示された訳ではなくとにかく良い物を作りたくて毎日、毎日、常に試行錯誤し技術を磨いていたのだ。

半年後、元の部署に戻った時から「YES」ではなくなった。厳格な工場長に対しても自分がこうだ!と思ったら意見を言えるようになった。それを“生意気”とはとらず、ちょっと考えて「…それアリだな」と彼がニヤリと笑う瞬間が嬉しくて目を輝かせる日々になった。

工場長は依頼したものが思うように上がらなかったのは“作り手ではなく伝え手のレベルが低いからだ”なんてことを良く口にしていた。

そうだ。技術は十分にある。それを活かせる知識が無ければ現場の努力も全て無駄になる。現場との信頼関係は特に大きく差が出る。

どうしても指示する側が強いと錯覚してしまう。そう錯覚した者は、ちょっとした行動や言葉に現れる。そのちょっとしたものは作り手の意欲を完全に削ぎ落とすには十分なものになる。

“仕事だから当たり前“なんて思ってはいけない。

半年間体験した目の前の汗と笑顔を忘れられない。
感謝の気持ちを忘れない。

仕事に慣れ始めると現場へ打ち合わせに行く時間が楽しみになっていた。当時の私は企画部でいちばん若く現場の長は私の父よりも年上の方ばかりだったのもあるだろう。私が来るのを今かと楽しみにしていると言ってくれる人もいた。

「お、嬢ちゃんが また無茶を言いに来たぞ!!」と、オイルの匂いいっぱいの空間で煤だらけの顔がニヤリと笑ってくれるのが嬉しかった。

その場で面白い作り方を閃いたんぞ?と話になると
ワクワクで目を輝かせて話は止まらなかった。気付けば他の人も現れモノづくりを語り…手が止まっていると怒られ慌てて解散……という事も良くあった。

教わった新しい技術をノートいっぱいにメモして大切な宝物を運ぶよう上司の元へ行き、さっきの話の続きを良くしたものだ。「次の企画に使えそうだ!!」「うわー!あの時に知ってたら実現できたのになぁ!!」等と話になると「そうでしょ?そうでしょ?凄いですね!」と再び話が盛り上がりあっという間に定時になってしまう。

依頼したサンプルが出来上がってくる時、
「あ…あの時話した内容…その場では実現難しいと諦めてたのに……考えてくれたんだ……」と
現場の方の気遣いに気づく事が増えて言った。

サンプルを見るだけで何か面白いことしたな!?
そんな事に気づいて作品を握りしめて現場に走ると「嬢ちゃんが きたきた…」と言ってるように煤で黒くなった頬からニヤリと白い歯がのぞくのだ。

気付けば70人弱の全ての方の名前と部署が分かるようになり制服の管理もしてたので皆の服のサイズも覚えてた(笑) 好きな食べ物や好きな音楽、あの人はタイガースファン…と「現場」の中の更に「人」を見るようになっていった。気難しい人も、フランクな人も色んな人がいるけれど一貫してモノづくりの話が大好きだった。商品を見つめると「磨いてくれた人」「メッキしてくれた人」「プレスしてくれた人」顔が次々浮かんでくる。

今では決して味わえない楽しみ方だが、
その楽しみ方がちょっぴり味わえるようになったのが、とある作家さんとの出会いだ。直前お会いしたことは無いけれど、あの時の私を思い出してワクワクしてしまうのだ。そこで生まれた作品は直接私が加工した訳では無いのに可愛くて愛しくて仕方ないのだ。


誰かと何かを作ること。上手くいく事ばかりではない。実際、何度か話があって挑むも諦めた事の方が多い。とても難しくて…でも楽しい。


生まれてくる作品は当たり前ではない。
双方を思いやる気持ち、尊敬、知識、全部が揃って生まれる貴重な品だと思ってる。


1つのものを作ることの楽しさ。
もう滅多に味わえない楽しさ。
“外注に振る”という言葉では
決して終わらせてしまいたくない。

色んなドラマがあって手元に届く
素敵な1作品なんです。

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