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西日

西日がドアの隙間から漏れてくる。

差し込み式のポストから、溜まった郵便物やら新聞を一気に引き抜いた瞬間、茜色の光が一瞬室内を照らしたのに、篤は見とれた。そして目をそらした。

ほぼ自分が入居する前の借主に対するダイレクトメールだな、と確認しながらわずかな安堵感と同時に、だれも、俺を思い出して一筆よこしても、きやしないんだな、あいつらもーーー

結局途中で、篤がダイニングにそれらを雑に投げ置くと、束の中から一枚の絵葉書が泳ぐように足元に流れてきた。拾い上げようと片足をついてかがんだとき、インターホンが鳴った。片手に葉書を持ちながらドア越しに、

「すみませんけど、転居してきたばかりで忙しいんです。今度にしてください」

「ご用があって参りました、開けていただけませんか。セールスの類いではありませんので」

聞き覚えのない女の声だった。ただ、イントネーションがどこかで覚えがあるような気がするが、はっきりと思い出せない。

いぶかしく思いながらドアを開けた。

そこに、西日とともに淡い色合いの着物をまとった若い女が立っていた。両手でたたんだ日傘をさげ、しゃんとたたずんでいる。

だが、

「どちらさまですか?」

ふつうであれば見惚れずにはいられないほどの姿をした女ではあったが、篤は警戒は解かずに尋ねた。

女はゆったりとした表情で篤を眺めたあとに答えた。

「わたしは名乗る必要はない人間です。ただ、あなたがご存じの方から、言づてだけ持って参りました」


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