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「きっと伝わらないことの」

1 冬の旧校舎で

 
 おれは今、非常に難易度の高いタスクに直面している。
 季節は冬、中村慎吾18歳高校3年生、来年度の春には取り壊される予定のーオンボロ旧校舎の裏手。

「紙ごみで捨てといて。優しいでしょお罰ゲームにしては。資源は有効活用しなきゃ」
 息は白くみぞれ降る、栗色の巻き毛でクラス一のコメディアン女子、安村麻衣はちょっとおどけて目はマジで、冬空の下、俺に分厚い家族アルバム4冊をがっちり手渡し申し付けた。

「麻衣のお姉ちゃんって大学教授ってほんとう?」
 昼休みに女子たちからそんな話題が投げ込まれ、俺はちらっと女子グループのほうを見た。安村麻衣。女子の目当ては彼女の話術―笑える系の。標準的な丈のスカートの下に半端丈のジャージを着て机に腰を下ろし、
「めちゃパワハラだよお、この前癇癪起こして2階から布団全部叩き落してさあ、家は戦争状態だよもう」
 楽しそうに語る安村をすっげー! とかエリートでも家じゃそんなんなのかーとか花が咲く。
「また盛り上がってんな、安村のグループ」
 ひょいと達也が肩越しに見て俺も、
「まあ、茶化し方がうまいんだよな」
 俺は教科書に再び目を落とした。

 サッカーボールを久しぶりに蹴りながら、
「なまってんなあ……」
 冬に日が落ちるのは早い。
受験専念に切り替えてとうの昔にサッカー部を引退し、先日部室の移動が決まって、置き忘れていたサッカーボールを引き取りーいま、「久しぶり」にボールを相手に夕日のさすグラウンドを横切っている。
「いろいろあったよなあ、でも」
 ふっと笑みがこぼれるのは、もうこいつが俺にとっては思い出、になってしまったからかもしれない。カバンには受験の冬期講習のテキストで、こっちのほうがいまはなじんでしまっているから。俺は右手の旧校舎のほうを見上げてーたんにロマンチックな感傷に浸りたかったのかもしれない。夕暮れ時で見通しは悪かったけど、俺は足の速度を上げた。
「……シュー―――――トぉ!!!」
ドカーンとぶつかり人影が倒れる音が響いた。


2 壮絶な攻防の幕開け?


「えっ……」
クリーンヒットーという言葉が頭をよぎった。そして倒れた。たぶん女子。やばい。どどどどどどうしよう?! 塾の講義がとか一瞬考えたけどこんなときに俺サイテーだわって我に返って焦って駆け寄り、
「ごっごめんあのだいじょーぶ?!」
うつぶせにたぶん後頭部にたんこぶできて倒れた巻き毛の頭を見て、
「や、安村さん……?」
おそるおそる膝をついて、ふと安村がなにかを抱えるようにして倒れているのに気づく。だが怒気のはらんだ声のほうが早かった。
「……誰?」
右手で後頭部を押さえ、ゆっくり起き上がってこちらを振り返った安村の目は、完全に座っていた。
「や、やーあ、その、わざとじゃなくて」
安村は頭をいらいらと振りながら、
「ああくっそ頭ガンガンする……あんたたしかクラスの……」
「そ、そーそー」
「クラスのー……」
「そーそー」
「クラスのー」
ん?
「……サッカー部だった人?」
沈黙が流れた。
「名前……なんだっけ」
…………
「なっ……」
「クラス全員はおぼえてないんだよね、小学生じゃないし」
「いやフツーおぼえてるだろ?! 自分のクラスメイトの名前ぐらい全部おぼえろよ!!」
あまりの予想外な展開に思わず叫ぶ。
「どーでもいいから、そんなこと……」
 かったるそうに立ち上がってスカートのほこりを払う安村に、
「中村だよ、中村慎吾! クラスメイトの!」
「はい」
 転がったサッカーボールを手渡し、安村はさっき抱えていたなにかーアルバムー……? を一冊づつ拾おうとまたかがんだ。
夕日で影法師が長く落ちている。
「それ、アルバム?」
肩がぴくりと動いた。こちらを振り返らずに、
「ゴミ」
「は?」
「旧校舎のどこにしよっかなァ……」
4冊分厚いアルバムをわきに抱え、ひとけのない旧校舎の扉をガラガラと開ける。
「てかさ、なんでそんなもん、学校に持ってきたんだよ」
「中村君、塾に間に合わなくなるよ?」
ちらっとこちらに向けた顔は、いつものクラスで皆を笑わせるお調子者の表情に戻っていた。
「じゃ、またあしたねー」
ウインクにひらひら手を振り校舎の中に消えていく安村に、なんか面倒ごとに首つっこまないほうがよさそうで、
「あのー、保健室行っとけよ~……たんこぶ……」
とだけ言っておいた。

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