だから教養が必要なんですよみたいな

必要な教養などないだろう、必要なものは知識や知恵で教養ではない。

必須になった時点でそれは教養ではない。

私が最近思うのがいろんな考えがドカっと個人に大量流入する時代なので、身につけるよりもむしろ身につけない姿勢の方がよほど大切で、アップデートよりもアップデートしないことを意識しないといけない。

アップデートなんてね、気づいたら勝手にしちゃうもんなんですよ。
よほど上の世代のおじいちゃんおばあちゃんでもない限り生きてるだけで勝手に自動アップデートされます。私のように拒否している人以外は。
無論全部のアップデートを否定するわけではないが、私からしてみればアップデートというなの劣化・退行を世間はしているのである。

私は冒頭で書いた通り必要な教養などないと思う。
必要なこととは、勝手にそれを身につけざるを得ないものだけである。それを身につけなければ死んでしまうようなことだ。
そう考えると我々の身につける技術や知識などほとんどないと思う。

逆にそう言った教養といういらない知識を身につけることによって不幸なってる人が大勢いるのではないか。
身につけるというより知らず知らずに押し付けられてそれを無批判に受け入れることによって勝手に善悪とかの基準がシビアになってそれでみんなイライラしている。

もう無知でいるというのは贅沢であり技術であるということをもっと知るべきであろう。

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