オキナワンロックドリフターvol.51

ジミーさんの四十九日兼お別れの会についてのブログ記事をテルさんに送信したところ、テルさんは行くという、私も行きたいところだが私の職場は兼業主婦のパートさんたちで成り立っている。ちょくちょく休みをとるということは人間関係に支障をきたす。
ということで、テルさんにお願いして、四十九日のレポをお願いしてもらうことにした。
そんな時に、イハさんからメールがきた。
「知ってる?ジミーさんの葬式に正男さんきてたって。なんか葬式でもやらかしたみたい」
ご丁寧にイハさんは、正男さんがジミーさんの葬式でしたという奇行まで教えてくださり、私の胃が一気に重くなった。というか、戻ってくるのが早すぎないか?
清正さんに、ココナッツムーン通信の記事のためにお勧めメニューやライブ情報の有無を確認するついでにジミーさんの葬式について尋ねてみた。
「いい葬式だったよ。あいつがよく弾いていた曲が斎場に流れていてね。沖縄のロッカー達の大半もきていたんじゃないかな?でもね、正男もきていた」
やっぱりきていたのか。
私は恐る恐る、イハさんから聞いた正男さんがしでかしたという奇行を清正さんに確認してみた。
清正さんは苦笑いしつつも「そんなことはしていない」ときっぱり否定された。しかし。
「フライングで讃美歌歌ったりとかはしていたな。おいちゃん、近くにいたからあわてて止めたけど」
……イハさんが聞いたという奇行はデマだったので安心したが、正男さんのメンタルバランスはまだ本調子ではないようだ。
私は清正さんにお礼を言うと電話を切り、また胃の痛い日々の始まりかとため息をついた。
そんな中、パティさんからメールがきた。
「あんたが欲しそうなものが田口商店で手に入ったの。オリジナル紫の特大ポスター入りセカンドアルバム!いるでしょ?ついでにどっかで花見でもしない?」と。
え!田口商店は紫のレコードがあるんだ。地元の中古レコード屋にはないのに。しかもポスターつき!欲しい、欲しい!しかし、花見かあと考えていると、躊躇いを感づかれたのか、「ふーん。あたしとの花見やなんだ?じゃ、ポスターもなかったことに」と返事がきた。
大慌てで花見の時期は仕事のかきいれ時だから無理ですがジミーさんの四十九日に飲み会はいかがですか?と返信し、私の地元に来ないかと提案した。
「なんであたしがあんたんとこの寂れた町にこなきゃならないのよ!逆じゃない?」と呆れられたものの、最寄り駅の近くに美味しいイタリア料理店があると説得し、交渉は成立。
祖父母には職場の人との宅飲みに誘われたと言うと快諾された。職場の人間関係がうまくいかない私がやっと大人になったと喜ばれ、気分は複雑だったが。
パティさんへの手土産に職場からふりかけセットを購入し、その日は仕事を少しだけ早くあがらせてもらうことにした。
上司はにやつきながら「デート?」と私を問い詰めた。私は古くからの友人が久しぶりに帰省するから飲み会するんですよとごまかしたが、それでも上司はデートに違いないと他の職場の先輩方とはやしたてた。
女性ばかりの職場ってこういうノリ多いよな?と思いながら私はそんな彼女たちに軽い疲れを覚えた。
パティさんはどんな人なんだろう?ツンデレな人なのはメールの文体からわかるけれど、女子会得意じゃないから失敗しなきゃいいなと不安になりながら私はパティさんを待った。
コンビニでジュースを買い、バッグに忍ばせた本を読みながらパティさんを待った。
すると、ごつめの軽ワゴンが勢いよく駅の駐車場にすべりこんできた。
パティさんをパティ・スミスのようなやや気難しいスキニーな女性かなとイメージしていたが、中背中肉の体躯、一重のたれ目にぽってりとした赤い唇、シンプルなBVDのシャツに洗いざらしのGジャンが色っぽい人だった。
「あんたがまいきー?」
電話口で聞くより声は色っぽく、悪女を演じる時の井上喜久子さんに少し似ていた。
「は、はい」
私はおずおずとふりかけセットを渡した。
「お、ありがとう」とパティさんはふりかけセットをバッグにしまい、私たちは駅近くのイタリア料理店に向かった。しかし、料理は良かったものの、スタッフの方の接客が良くなくて私たちはがっかりしながら店を後にした。
気を取り直して、駅近くのコンビニであれこれ買い込むことにした。
ミックスナッツ、サラミ、チューハイ、ミニサイズのウィスキーと炭酸水、ザ・カクテルバーのモスコミュール、酔いざまし用のお茶とミネラルウォーター。
パティさんの車に乗り込み。市街地のビジネスホテルで奇妙な女子会は始まった。
それぞれの部屋で一風呂浴びたら、パティさんの部屋で乾杯、いや、ジミーさんに献杯だ。
「ジミーさんに」「献杯」
缶チューハイを掲げてジミーさんを偲びながらの女子会が始まった。
話はパティさんが紫を知ったきっかけ、私が紫を知ったきっかけ、それぞれのメンバーの印象、コザでの想い出、ジミーさんの話……等。
パティさんからポスターを渡されると、私は相当目が爛々としていたのか、「ポスターによだれ垂らすなよー」とからかわれた。
女子会とか苦手だったけれども、パティさんの気遣いのお陰か、苦もなく話せたのが嬉しかった。
だんだん酔いが回ってきたのか、パティさんの目付きがとろりとして、問わず語りを始めた。
「なんかさー、あんた危なっかしくてさー。しかも、城間兄弟ってあんまりいい噂聞かないから心配したんだよー。いつパクっと食べられんじゃないかって心配した」
そっか。そう思われたのか。危なっかしいか……。
「いや、私。ご存知のとおり、毒ありますから。しかも猛毒」と返すと軽く小突かれた。
「心配して損したよ。アホアホまいきー!」
パティさんはふんっとそっぽを向き、チューハイを空にした。そして、私の方を向くと猛禽類のような笑顔を見せた。
「とーこーろーで。あんた、おいちゃんにキスしたんだって?どんな感触だった?教えろ」と、言うや否や私をくすぐり始めた。
パティさんのくすぐりを避けようと私ははしゃいで逃げ回った。しかし、どんくさい私は酔ったパティさんにすぐに羽交い締めにされた。
「こーら、言え!白状しなー!」と、葡萄チューハイの甘い息をしながらパティさんは私をくすぐったのでこらえきれず、私は有り体に答えた。
「髭がチクチクして痛かったです。しかも、しばらく痛痒かったですよ」と。
パティさんは「もっとムードのある感想ないの?」と呆れながらも、「いいなー。羨ましいなあ」と頬を膨らませた。
オキナワンロック話は日付が変わるまで続き、私たちはいい加減に眠くなったので、私はパティさんの部屋を出て自分の部屋で寝ることにした。
しかし、何故なのかなかなか寝付けず、妙な胸騒ぎが心を覆いはじめた。正男さんがジミーさんのお別れ会に来ているのかもしれない。
私はホテル内の自販機で水を買い、チビチビ飲みながらテルさんからのお別れ会レポを待った。
しかし、盛り上がっているのかメールは来ず、いつの間にか寝入ってしまった。
明け方、目を覚ますと、握りしめた携帯にはメール着信のランプが光っていた。テルさんからだ。
「ジミーさんのお別れ会行ってきやした!オキナワンロックの重鎮揃いでしたよー!その重鎮たちのライブが見られたんですからもう感激しやしたぜ」
テンションの高いメールからテルさんの興奮と感動が伝わった。しかし、テルさんの興奮と対照的に何事もありませんようにと、私はそれだけを祈るしかなかった。
すると、ノックの音がした。パティさんだ。
「おはよー、寝付けなかったの?夜中にあんたの足音がしたけれど」
眠たそうに軽くあくびをするパティさんを見て私は頷いた。
早めにチェックアウトし、ビジネスホテル近くに早朝から開いているお弁当屋さん兼軽食屋があるので、私たちはそこのイートインコーナーで肩を並べてうどんを食べた。
「あんた、うなされてたの?あんたの部屋から正男さーん、俊雄さーんという唸り声が聞こえたけど」
え!そんなにうなされてたんだとわたわたしているとパティさんは「あんたって冗談通じないよね」と大笑いされた。
しかし、「あんまり考え過ぎないほうがいいよ」と、パティさんはいたわるような笑顔をし、私の髪をくしゃくしゃにした。確かに考え過ぎないかもしれない。ジェイソンからもそうアドバイスされたなと、私はかき氷色の髪をしたバーテンダーのことを思い出した。
うどんを食べ終わると、私たちは解散した。
「じゃ、またね。アホアホまいきー!ほどほどに夢中になって、ほどほどに好きになりなよ。といってもあんたには無理かもしれないけど」と、去り際にアドバイスしながら黒塗りのごつい軽ワゴンに乗り込み、パティさんは朝もやの寂れた町を去っていった。
私もポスターをバッグにしまいながら駅までの道を歩き、がらがらの在来線に乗って家に帰り、一眠りすることにした。
仮眠を取った後、起きている時間を見計らい、清正さんに電話してみることにした。
電話口の清正さんは眠たそうで、私はかけ直そうかと聞いたものの、起きたばかりだからと返された。
あくび混じりに清正さんは話を切り出された。
「昨日のライブの話、聞きたいんでしょ。あいつら来てたよ」
その言葉だけで数時間前に食べたうどんがせりあがって来そうだった。
私は胃のあたりをさすりながら、清正さんからの報告を聞いた。

(オキナワンロックドリフターvol.51へ続く……)

文責・コサイミキ

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