あまからカルテットを読み返しながら

本棚の整理をしたら、今は解脱したが夢中になって新刊がでる毎に定価で買っていた作家の本が十数冊程出た。第一作「終点のあの子」で、少女たちの視点を通して、暗黙の学園カースト、人と違うことを望むゆえの背伸び、ささいな優越感と劣等感、すれ違いにより起きた陰湿ないじめと共感とともに、十代の頃の苦く恥ずかしい思い出を読者に思い出させた作家、柚木麻子である。
女子校出身者だからこそ書けるガールズフッドへの無心なまでの信頼性、人の心の多面性に魅せられた。しかし、彼女が実父との死別と男の子の出産を経験してから作風が変わり、さらにTwitterや雑誌媒体等で政治的発言や凝り固まり過ぎたフェミニズムを呟き出してから彼女の作品から離れた。
それでも、木嶋佳苗をモチーフにした婚活殺人犯と彼女を探るライターのつかの間の交流を描いた“Butter”まではしっかり読んだなあと、散らばった本の中からとりわけ好きだった初期の作品を読み耽り、二作目に手を伸ばしていた。
柚木麻子。彼女の二作目は、おっとりした中に鋭い洞察力を持つピアノ講師の咲子、雄雄しいが義侠心に溢れる編集者の薫子、平凡なようだが鋭い味覚と柔らかな雰囲気を持つ専業主婦の由香子、美人でやや高飛車であるものの、プロ意識に優れた美容部員の満里子。そんなアラサー四人がおいしいものからちいさな、しかし彼女らの今後の分岐点となる事件を解決していくミステリー。
中にはハッピーエンドにならないエピソードもあるが、それにより、一番感情移入がしにくかった満里子の思いやりと気高さを知ることができた。以来、居酒屋に立ち寄るとハイボールをオーダーし、満里子の幸せを願いたくなる。
そして、作品全体に漂うスパイシーさの混ざった甘酸っぱさに懐かしさを覚える。
それは、薫くみ子の「おまかせ探偵局」シリーズや純情クレイジーフルーツ~HUSH!期の松苗あけみ作品を読んだときに通じるものだ。
ささいなことで悩み、今後に不安を感じ、恋をして悩み、おいしいものを食べる。それはアラサーであっても同じこと。柚木麻子は「あまからカルテット」という良質な、大人のためのジュブナイル小説を生み出した。
が、最終話である正月回『おせちでカルテット』だけは埃っぽさすら感じる騒々しさがいただけない。まだブレイク前の作者はTwitterにてあまからカルテットをしきりに売り込み、残り数話ストックがあるとドラマ化を夢見てか標榜していた。実際、この回だけはどこかドラマの脚本チックな構成で、例えるなら水曜二十二時にフジテレビで放送された『ショムニ』や『板橋マダムス』を思わせる。
 あざとさが見える最終回には辟易したが、それでも、咲子の恋の始まりの鍵となった黒糖で揚げを煮込んだいなり寿司はスーパーで黒糖いなりを見るとつい買ってしまうし、ポテトサラダを作ると、作中、満里子の恋敵が店で振る舞ったサワークリームを混ぜ込むレシピで作ってしまうし、無印良品で甘食を見つけた時には、由香子の幼い頃の輝ける想い出の味なんだなとしみじみしながら食べたり、スパムを買いすぎた時はスライスしてチーズと焼く簡易のし鳥風として紹介された薫子と彼女の姑の合作レシピを真似てスパムととろけるチーズを使ってみたりと、食生活に無意識に入り込んで影響されてしまったそんな作品である。

(文責・コサイミキ)


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