オキナワンロックドリフターvol.28

その日は肌寒い日だった。起きて顔を洗い、シャワーを浴び、ハンビーフリーマーケットで買った紫のポンチョを羽織ると朝10時にはボスの車に乗り込んで観光だ。
ボスには行きたい場所を予めリストアップした。
金武社交街に行き、タコライス発祥の店『千里』でランチ、名護パイナップルパーク、海洋博公園を観光。
最後はココナッツムーンに降ろしてもらい、ボスと別れるという形の北部ツアーの日程にして戴いた。
まずは金武の社交街なのだが……。
しんと静まり返り、コザ以上に寂れていた。
今は閉鎖されたスナック、ビリヤード場、ライブハウスにAサイン時代の名残を感じ、霧立ち込める人気のない社交街をただひたすら歩くしかなかった。
ただ一軒、奥まった場所にそびえ立つように建っているクラブシャングリラだけが開店前で閉まってはいたものの、華やかな空気を嗅ぎとることができた。
そうこうしているうちにパーラー千里の開店だ。姉妹店のキングターコスと悩んだものの、タコライス発祥の地でタコライスを食べようと朝食を抜いて楽しみにしたのだ。
ボスの車に戻り、一緒に食べませんか?と尋ねたものの、俺はいいからと返された。
仕方ない。パーラー千里でぼっちメシだ。まあ、ぼっちメシはいつものことだけれど。
パーラー千里の中に入ると、田舎のスナックのようないなたい佇まいに驚いた。
恐る恐るつぎはぎだらけのスツールに腰かけ、カウンター前のメニューを凝視する。
タコライスチーズ野菜をオーダーしないと、レタス、トマトの入ったタコライスにありつけないのは数々の旅行サイトとたかはしみきさんのコミックエッセイで予習済みだ。
私は、山盛りのタコミートを仕込むネーネーたちにタコライスチーズ野菜とタコスをオーダーした。
思ったよりもさっさと出来上がり、いざ、実食。
まずはタコスにかぶりつく。さくっとした皮にレタスのしゃきしゃき感、トマトの酸味は申し分ないのだが……。チーズの濃さとタコミートの濃さが少しいがみ合っている感があるのが個人的には少し残念なタコスだった。皮の歯触りと香ばしさは非の打ち所がないのになあと思いながらがっかりしてタコスを食べた。
さて、タコスを食べ終えて、次はタコライスに挑んだ。
スーパーサイズと言いたくなるようなてんこ盛りのタコライスに挑んだのだが……。タコスでも気になった味くーたー過ぎたタコミートの味付けが、タコライスにすることではっきりとわかり、量の多さと合まって個人的にはしんどいタコライスだった。
キングターコスないしパーラー千里派の皆様に喧嘩を売るようで大変申し訳ないが、私はコザの19thホールのタコライスやココナッツムーンのタコスがいいなと遠い目をして山盛りのタコライスを食べ終え、はち切れそうな胃袋と格闘しながらよたよたとボスの車に戻った。
次は名護パイナップルパークだ。
これもまた、たかはしみきさんのコミックエッセイから知った施設だ。入場料を払い、てくてく歩き、パイナップル号というパイナップルを模した自動運転の車に乗ってゆるゆると場内を進んでいく。
幼い頃に乗ったパンダの乗り物みたいだなと笑いをこらえながらのたのた進むパイナップル号から景色を眺めた。
施設内をうろちょろし、さながらアマゾンの奥地のようなパイナップル畑やここでお昼にすべきだったかなーと凍えながらカフェレストランでパイナップルパフェを仲良く食べているカップルを横目で見つつ歩き進めた。
さて、試食コーナーだ。ここではパイナップルの試食やパイナップルワインの試飲ができ、私は元をとるかのように、パイナップルを食べ、ワインを試飲した。
パイナップルワインはシロップのようにさらりと甘く、ついつい飲みすぎてへべれけになりかけた。
甘いワインの心地良い酔いですっかり気分がよくなり、ふらふら歩きながらパイナップル畑を眺めたり、家族のお土産にパイナップルの飴を買ったりしつつそれなりに楽しんでパイナップルパークを後にした。
駐車場で一服していたボスと合流し、車に揺られ、うとうとしていたら海洋博公園に到着。
しかし、入館料の高さからちゅら海水族館に行くかどうか迷う。
ちょうど、サイトの常連さん複数名から「沖縄旅行楽しんでますか?」とメールがあり、私はちゅら海水族館行くべきか?と尋ねた。
そのうち良くして頂いている一名から前の職場の辛さからしばらく魚を見たくないんでしょ?と私の心境を慮る返事がきた。そのとおりだと私が苦笑いして返すと「食わず嫌いは良くないよー」と無慈悲な返事がすぐにきて笑うしかなかった。慮りのメールは一体何だったのか。
残り数名からも「せっかくなので行くべき」と返事がきた。
私は一度は行くべきかなと思い直し、迷いながらもちゅら海水族館に入館した。
確かにジンベイザメや南国の色鮮やかな魚たちは荘厳だったものの、沢山の魚を見て、やっぱり前の職場を思い出してしまい気分が悪くなったのでそそくさと美ら海水族館を後にした。
代わりに、水族館から離れたところにあった海洋文化館は入館料の200倍有意義に過ごせた。古来から現在に至るまでの船の歴史を学べた。パプアニューギニア、ミクロネシア、フィリピン等島国ないし海洋国のカヌーの展示があり、それぞれの船の個性を網膜に焼き付け、空調がちょうどいい館内でプラネタリウムを楽しみ、その充実感から海洋文化館について暑苦しくメールしてしまい、「美ら海水族館どうでした?」と尋ねる常連客の皆さんを拍子抜けさせてしまった。
海洋文化館を満喫し、おきなわ郷土村や夕日の広場をてくてく歩き、気がついたらエメラルドビーチまで歩いてしまった。
瑠璃色の海を見ながらぼんやりし、見たかったものの、数年前に中国に鉄屑として売られたアクアポリスに想いを馳せたり、売店のヤシの実ジュースが気になるものの、値段の高さに躊躇して、パイナップルで甘くしたゴーヤージュースを買って飲んで血が綺麗になったなーとそんなことをしているうちに、未だに気がかりなことを思いだした。
俊雄さんである。
恐る恐る私は城間家に電話した。電話には俊雄さんが出た。
「コサイさん。どう?沖縄をエンジョイしている」と尋ねられた。
私は、「あなたに会えたならばもっとエンジョイできたんですがね!」と心で呟きながらもはいと答えた。
「良かった。何よりだ」
私も何か返そうと思ったものの、何を話していいかわからずに沈黙が流れた。
私の沈黙を、なかなか会おうとしないことへの怒りだと察知されたのか、俊雄さんはぽつんと呟いた。
「せっかく沖縄いるのに、あなたの誘いを断ってごめん。正男のことで色々あったから忙しいのもあるけれど……」
しばしの沈黙の後、俊雄さんはこう続けた。
「あなたに寂しい顔見せたくなかったからさ。ごめん」
「弱っ!この豆腐メンタル」という気持ちと「俊雄さんは寂しい顔を見せて私を悲しませたくなかったんだな」という気持ちを織り交ぜながら、私は「仕方ないですよ」と返した。
俊雄さんは言葉をぶつ切りにするように続けた。
「で、沖縄にはいつまでいるの?今はどこにいるの?」と。
「土曜日には帰ります。あと、今は海洋博公園で海を見ています」
私の返答から、俊雄さんはすぐに答えた。
「その後、ココナッツで清正に会うんでしょ?」と。
バレたか。私の口調は行動パターンを把握しやすいのかなとうろたえながらも私ははいと返答した。
「清正によろしく伝えといてね。じゃあ、コサイさん。残りの沖縄を楽しんで」とか細い声で俊雄さんはおっしゃい、電話を切られた。
俊雄さんの気持ちがわかってほっとしたのと同時に俊雄さんに会いたかったなあという未練がましさを引きずりながら私は携帯を見て、そろそろ海洋博公園を出ないとと足早にエメラルドビーチから駐車場まで駆け上った。
午後17時。駐車場にたどり着いた時はぜえぜえ息をきらし、そんな私を責めもせず、缶コーヒーを飲みながらボスは「遅かったねー、心配したよー」とゆったりした口調で言い、エンジンをふかした。
「まだ少しだけ時間があるからおまけしてあげる」とボスが案内した場所は今帰仁城跡だった。
石垣にかつての威厳の名残を感じさせる城跡は、吹きすさぶ風のせいか、荒涼としており、どこか寂しい気持ちにさせた。
何故か滝廉太郎の『荒城の月』を歌いたくなり、肌寒い風を感じながら呟くように私は唄い、北山王の栄華と滅亡を思った。
さて、もうすぐ18時だ。ココナッツムーンでボスとお別れし、ツアーは終了だ。
今帰仁から恩納村までの道のりは心弾ませ、車窓から見える海と微かに香る淡水っぽい沖縄の海の匂いに目を細めた。
ココナッツムーンで、タコスを食べながらまじきなさんと沖縄ロックの話をしよう、清正さんにまた色々話をしてもらえたらいいな。
窓から見える沖縄の海のリゾート感が高揚感を加速させた。
ボスの車はココナッツムーン前に停車。
「楽しんできてねー」と、手を振るボスにお辞儀し、ボスの車が小さくなるまで手を振った。
開店間もないココナッツムーンは、まだほんのり薄暗く、ぱっと見、ファッションデザイナーか振り付け師のようなボブカットの50代くらいの女性がもやしの髭を抜いていた。
私は女性にお辞儀し、カウンターでグラスを磨いていたロミオさんにモスコミュールをオーダーして、まじきなさんを待った。
もやしの髭を抜き終えた女性がカウンターでモスコミュールを呑む私の顔を見ると、「あなた、去年の夏も来ていたわね」と話しかけられた。
え?私、そんなにインパクトあるのかなと戸惑っていると、女性は赤い口紅を塗った厚めの唇を両横に大きく伸ばし、にっと微笑まれた。
「あなた、うちのパーパのファンなんでしょ?私、清正の奥さん」
一気にモスコミュールの酔いは醒め、私は小刻みに震えた。

(オキナワンロックドリフターvol.29へ続く……)

文責・コサイミキ

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