オキナワンロックドリフターvol.58
タクシーは恩納村、読谷村、嘉手納を抜け、コザへ。
ゲート通りで降り、まずすることはJETのライブを観に行くことだ。しかし……。
来店し、ぶっきらぼうにメニューを見せるドーンさんにウーロン茶をオーダーすると、彼女は「オソイ!」とぼそり。
荒ぶるドーンさんの文句を慎重に聞いて知ったのだが、2005年からJETのライブ時間は短縮され、1時半にはライブ終了になるとのこと。
携帯を見ると、時刻は1時15分。終演ギリギリだ。その夜の最後の曲はGolden Earringの“Rader love”だった。ターキーさんはチョッパーをきかせながら朴訥とした声で唄い、コーチャンは煙草を燻らせながらタイトなドラムを叩く。そして酒焼けしたブルースマンの歌声のようなギターのかわりに、実直な音色のギターがターキーさんとコーチャンの音に彩りを与えていた。あっぴんさんだ。
アメリカ兵たちはあっぴんさんのギターソロに歓声をあげていた。
私は曲を聴き終えると一礼してJETを去った。さて、これからどうしよう。ひとまず温かいものでも飲もうかな。
そう思ったら、アオザイ姿の黒髪の美女の笑顔が頭に浮かんだ。そうだ。カオリさんに会いにカカフェに行くか。
カカフェに来店すると、チャイをオーダーした。私を見るなりカオリさんは申し訳なさそうにチーズケーキは売り切れなの。ごめんなさいねとお辞儀をされた。……私=チーズケーキの人なのか。カオリさんから見て私は相当美味しそうにケーキを食べてたんだなと苦笑いするしかなかった。
熱々のチャイが私が座るテーブルに置かれた。スパイスと生姜がきいた甘いチャイが冷えた体を温めてくれた。チャイを飲みながらショーウィンドウ越しにゲート通りの風景を眺めていたら、浜崎あゆみをいくぶんかふっくらさせたようなチューブドレスの女の子が涙でメイクをどろどろにさせながら来店し、カオリさんに抱きついていた。
嗚咽混じりのあゆもどきの話を聞くと、どうやら付き合っているアメリカ兵に別れ話を切り出され、文句を言おうとしたら携帯、メールも着信拒否にされたそうだ。号泣するあゆもどきを慰めながらもしっかりオーダーをとるカオリさんを見て、さすがだなと舌を巻いた。
そして、泣き崩れているあゆもどきのメイクの下の思った以上にあどけない顔とショーウィンドウから見えるアメリカ兵たちの姿を交互に見ながら、「基地の街あるあるなのかなあ」と無意識に呟いた。
チャイを飲み終えたのでゆっくりとコザの街を歩くことにした。
人気のない通りを忍び足で歩き、パルミラ通りやパークアベニュー、一番街を散策。
“Key Stone”に寄り、レニーさんに挨拶をし、モスコミュールとポップコーンをオーダー。その日はカラオケ待ちのアメリカ人客が小さな店内いっぱいで、歌えそうにないかもなと思いながら100円と唄いたい曲を忙しそうなアルバイトさんに渡した。
ポップコーンを頬張りながら1時間待つと、私のリクエストした曲が回ってきた。
Oasisの“Wonderwall”だ。唄っていたら、斜め向かいに小さく座っていた、黒ぶちメガネがナードな雰囲気を醸し出すアメリカ兵が口ずさんでいたのでマイクを手渡し、一緒に唄った。
楽しそうに唄う気弱そうなアメリカ兵を見ながら、何故彼は軍隊に入ったのだろうと思った。学費のため?それとも、グリーンカードのため?
一度、アメリカ留学の夢を捨てきれず、留学エージェントにアメリカの大学留学の相場を尋ねたことがあった。しかし、見積書を見たら2001年に語学留学をした時に聞いた学費の相場の3倍になっていて、目眩がして留学を諦めた。
彼はきっと捨てたくない夢のために、その夢の基盤としての大学進学費用の為に軍に志願したのかもしれない。
黒ぶちメガネのひょろりとしたアメリカ兵は唄い終わると「アリガトー」と私に握手を求めたのでそれに応えた。ふと、そのナードなアメリカ兵の笑顔を見たら、蓋をし、重石をかけて日々の日常に追われて目をそらしていた私のやりたいことが脳裏を過った。
大学で勉強することだった。
学びたいな。しがらみなく好きなことを。
でもどうやって?どこで?何を学ぶの?
私の思考はモスコミュールからくる酔いと重なり、無限ループしていた。
以前なら無理だと諦めていたのに、ナードなアメリカ兵の笑顔がきっかけで思い出した私の夢はさながら卵から孵化したおたまじゃくしのように縦横無尽に心の中を暴れまわっていた。
ぐるぐると無限ループしている思考で頭をいっぱいにしながら、私は“Key Stone”を後にした。
千鳥足でゲート通りを歩き、景色を眺めようと歩道橋に上った。
歩道橋から見下ろすと、光の玉をちりばめたようなゲート通りのネオンと行き交う車のテールライトが輝いている。
来年からはここからゲート通りの景色は見られない。地上からゲート通りの風景を網膜に焼き付けるしかないのだ。
変わりゆくコザ、変わりゆく街並み、変わりゆく人々、そしていつかは変わらざるをえない私。
寂しさとやりきれなさからなのか涙目になりながら私は歩道橋から見る夜のゲート通りをずっと見ていた。
涙のせいだろうか。ぼやけるゲート通りのネオンが万華鏡のように眩く、煌めいていた。
歩道橋でひとしきりぐじぐじ泣き、風景を網膜におさめると、京都観光ホテルに戻ることに決めた。
歩道橋の下の、簡素な立ち飲み屋ジャンクボックスも再開発から立ち退きを余儀なくされ、バラック小屋のような店には大きくバツが打ち付けられていた。
明け方にも関わらず店から漏れる酔っぱらいの喧騒はもう、閉ざされてしまった店からは聞こえなかった。
(オキナワンロックドリフターvol.59へ続く……)
(文責・コサイミキ)
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