マガジンのカバー画像

小説「ハートレス」【完結】

16
心は、どこかへ置いてきた。戦場へ出ると決めた時に。
運営しているクリエイター

記事一覧

作品紹介 ~小説『ハートレス』

あらすじ戦後、辺境の星に流れついた元兵士のボニーは雑貨屋で働き始めた。 カタギの市民としてまじめに穏やかに暮らす――それだけが望みだったのだが、ひとつ大きな問題があった。ボニーは戦闘以外に能がない、とてつもないドジっ子だったのだ。 平和な生活を送ろうと悪戦苦闘中のボニーの前に、不審な男たちが現れる。 イメージイラスト (イラスト:けい様) 作品情報■ 完結:2015.01.06 Pixiv ■ キーワード:SF アクション コミカル 女主人公 遠未来 兵士 戦争 ドジっ

出会い ~小説『ハートレス』#1~

「店番を探してるって聞いたんだけど」  倉庫の入口に立ったボニーは、奥に立つ店主らしい人影に向かって声を張り上げた。  ナザレ・タウンの町外れにある雑貨屋。そこで新しい店員を募集していると聞いて、さっそく駆けつけたのだ。「接客業なんだから、やっぱり見た目は大事ですわよ。可愛くしていかなくちゃ♡」という相棒のキャンディからの助言を受けて、いつもはボサボサの赤毛のショートカットをきちんと整え、薄化粧もし、キャンディから借りたワンピース(筋肉が目立たなくなる絶妙デザインの服)ま

雑貨屋の店員になりました ~小説『ハートレス』#2~

 ボニー・ソロモンが、ナザレ・タウンと呼ばれる辺境の町に住みつくことに決めたのは、確固たる理由があってのことではなかった。  そもそもこの惑星スミルナに降り立ったのだって、そうだ。星系間定期連絡船に乗っていた時、相棒のキャンディが「スミルナって昔つき合ってた男の名前に似てますわ」と言い出したので、この星で下船することにしたのだ(「わかりやすい見栄張ってんじゃないわよ、この彼氏いない歴十九年が」とボニーがツッコんだもので大喧嘩になり、あやうく船を破壊しかけて、強制的に下船させ

相棒はあいかわらず筋肉で勝負してます ~小説『ハートレス』#3~

 仕事が終わると、中央広場の近くにある酒場に立ち寄って一杯やる。それがこのところのボニーの日課だった。  風雨にさらされた古ぼけた扉を押し開くと、中では男どものどんちゃん騒ぎが展開していた。  安っぽいシャンデリアに照らし出された店内は、喧騒とアルコールの蒸気でむせ返っている。所狭しと並べられた丸テーブルで、顔を赤くした屈強な男たちが飲みかつしゃべり、騒々しい笑い声をあげ、カードゲームに興じている。  きわめて男臭い空間で、二十歳にもならない乙女が立ち入るような場所では

町に知り合いが増えました ~小説『ハートレス』#4~

 雑貨屋のすぐ北隣にパン屋の店がある。  その店を経営する、みんなに『コッホ先生』と呼ばれている老人と、ボニーは間もなく親しくなった。  惑星スミルナへ流れてくる前には《中央》で古代文明の遺跡を調査研究する考古学者だったらしい。『先生』と呼ばれているのはそれが理由だ。  学者をしている頃から、古代の文献に書かれているレシピとおぼしき記述が彼の興味をとらえていた。なぜ《中央》の大学を去ることになったのかは明らかではないが、とにかく十年前にこの辺境の地にたどり着いた時のコッ

妙な男たちに脅されました ~小説『ハートレス』#5~

 何事もなく平穏な日々など、そんなに長くは続かない。人生それほど甘くない。  そんなことぐらい、とっくにわかっていてもよさそうなものだったのだ。 ◇ ◆ ◇  最近のボニーは、得意客への商品の配達を任されることが増えていた。 「カズマの店」では配達の仕事が多い。決まった曜日に一定の商品を届ける約束になっている家もあれば、客が自分で持ち帰るには重すぎる商品をあとで家まで届ける場合もある。  配達の仕事は好きだった。  狭い店内で、また何かにぶつかって壊してしまうんじ

店にまで押しかけてきました  ~小説『ハートレス』#6~

 ボニーは、妙な男たちにからまれたことを店主に報告しなかった。  報告している暇がなかった、というのが事実に近い。店に戻ったボニーに対し、「配達に半日もかけてんじゃねぇ。《嵐》の来る時刻ぐらい計算に入れとけ……」から始まる店主の猛然たる叱責が降り注ぎ、その後もたて続けに仕事を言いつけられたので、落ち着いて話をしている暇などなかったのだ。  そのうちボニーも報告するのがおっくうになってしまった。命を狙われたわけじゃなし。因縁つけられるぐらいは大した問題ではない。  翌日の

おひとりさま自警団が気になります  ~小説『ハートレス』#7~

 キャンディが用心棒として働く酒場へ、数日ぶりにボニーは顔を出した。  このごろは以前と違って、毎晩のように通ったりはしなくなっていたのだ。 「どうしたのよ、その首輪?」  ひさしぶりに会うキャンディは、見たことのないペンダントを身につけていた。  ペンダントヘッドは血のように紅い大きな宝石だ。その毒々しい赤色にもかかわらず、全体のデザインは可愛らしい。こんな辺境の地ではそう簡単に手に入らないものだということは、宝石に詳しくないボニーでもわかる。 「ボスからのプレゼ

最強のガンマンが襲ってきました ~小説『ハートレス』#8~

「明日、俺は一日留守にする。夜まで戻らねえ。店の方はおまえに任せたぞ、ボニー」  ある日の閉店まぎわ、店主が急にそんなことを言い出したのでボニーはびっくりした。  注文してあった品物が届いたので、ヴァイシャ・タウンまで取りに行かなければならないという。  ふだんの仕入れは注文書を送るのも品物を受け取るのも鉄道を通して行っている。列車がこのナザレ・タウンに着いたときに、駅に行って車掌に注文書を託したり、届いた品物を受領したりする。ただし今回の品物は特別なもので、業者から直

ほろ苦い微笑みが刺さりました ~小説『ハートレス』#9~

 店主は、ボニーとキャンディとセルゲイ・クリヤキンの身体のありとあらゆる器官(特に脳と神経系)についての推測、それに彼らの祖先の遺伝的特質に関する想像をたっぷり五世代分ぐらいにわたって並べ立てた。これほど微に入り細をうがったカラフルな罵詈雑言を耳にしたのは、ボニーも初めてだった。  激しい罵声の流れが止んだのは、キャンディが「壊した壜と棚の代金はボスのクリヤキンに弁償させる。もしボスが支払いを拒んだ場合は、自分が用心棒の給料から月賦で弁償する」と誓いを立てたためである。

遊びの時間は終わりました  ~小説『ハートレス』#10~

 その男は朝一番の大陸横断列車に乗ってナザレ・タウンへやって来た。  黒い髪をきれいに撫でつけ、きちんとプレスのきいた真新しいシャツを着た、小柄な中年男だった。ネクタイの太さも《中央》で最新流行のもので、シルバーグレイのベストの胸ポケットから香水を染み込ませたハンカチをのぞかせている。白いエナメルの靴は、砂塵の大陸を数日も旅してきたとは思えないほど、ぴかぴかに磨き上げられている。明らかに肉体労働者のものではない、傷ひとつないきれいな手をしており、爪にはマニキュアが行き届き、

正義なんてありません。自分の中以外に  ~小説『ハートレス』#11~

 教会に十二、三人の女たちが集まり、期待に満ちた表情で演壇を眺めていた。全員が既婚女性だ。  演壇に立っているのは店主だった。  自警団の活動の一環として、身を守るために女たちに銃の使い方を教えてやってほしいとスタンセン町長から依頼されたのだ。 「えー……ショットガンは、このように構える」  店主は滑らかな動作で銃を構えてみせた。  女たちは真剣に店主を眺め、次の説明を待った。 「……」  店主はそのまま動かない。次の説明をしようともしない。銃の構え方を見せただ

初めて、肩を並べました ~小説『ハートレス』#12~

 その夜ボニーは寝つけなかった。  日没後まもなく、一日で最後の《嵐》が通り過ぎてしまうと、彼女は窓を大きく開け放って冴えざえとした月光を室内に迎え入れた。  惑星スミルナには三つの月があり、そのうちの二つが寝静まった町を明るく照らし出している。ボニーは「カズマの店」で働くようになってから、店の屋根裏部屋を間借りしていたが、その小部屋の窓からは町の半分ぐらいが見渡せた。  深夜のナザレ・タウンで、おそらく今にぎわっているのは酒場『クリヤキンの店』とその隣の娼館だけのはず

激突  ~小説『ハートレス』#13~

 クリヤキンの店を出たボニーと店主は、隣の娼館『モリーの店』の扉をためらわずに押した。  濃厚な甘い香りの空気がふわっと顔を打った。  中に広がっているのは、やけに都会的な、「サロン」と呼ぶのがぴったりくるスペースだ。敷き詰められたカーペットや、座り心地の良さそうなソファや、しゃれたカップボードなどが、辺境の町には似合わない高級感を演出している。  サロンは三階まで吹き抜けになっており、高い天井に吊るされた豪華なシャンデリアがほどよい薄暗さを室内に与えていた。   も