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「みんなに開かれた森」

大好きな本があります。長谷川清之さんの『北欧 木の家具と建築の知恵――北欧デザインのルーツはここにあった――』。

スカンジナビアンモダンのシンプル&ナチュラルなデザインの起源がなるほど昔ながらの素朴な暮らしにあったんだ、ということが実感できる数々の実物の民具や建築の写真が載っている本なのですが(とくにYチェアの原型はこれだったんだー、と思える素朴な椅子がすごいです)、この本の随所にある長谷川さんによるコラム的なエッセイが、さらにインスパイアリングです。

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建築を調査するために長年北欧の国々を訪ねてきたからこそ見える視点で語ってくださっているのですが、その中の森づくりについてのエッセイを読んでいて、ぐっときました。

スウェーデンにある「森林法」という法律を紹介してくださっているのですが、この法律は大きく3つの骨子から構成されていて、まず第一が「環境目的」、第二が「生産目的」、そして第三が「レクリエーションの場」としての森林についてなんだそうです。

「林業国としてはまず『生産目的』ではないかと思いきや、最初に『環境』を持ってきていることに驚きとともに関心させられます」と長谷川さんは書いておられます。「森を伐採する際には、鳥が巣をつくるための”鳥のための木”を残しておき、小川の生物にも配慮し、ちょっとした石組みでも歴史的なものであれば保持するといったように、生産活動にあたっても環境維持に努力しなければならない」。そして「この”環境”への配慮とともに、我々日本人に一番欠けていると思われるのが、3つ目の”森はレクリエーションの場”という考え方ではないでしょうか」と。

北欧の国々では自然享受権というものが万人に認められていて、自然の恵みをみんなが楽しんでいいことになっています。森などの自然のエリアが誰の所有であっても、そこに入って自由にキャンプをしたり、ベリーやきのこを摘んだりする権利がみんなにあるのです。

スナフキンも各地でテントを張って旅暮らしをしてましたが、人の土地であっても、テントを張っていいのです(もちろん後始末をきっちりすることや、民家から少なくとも○○メートル離れていなければならない、などのきまりはあるそうですが)。

権利には責任が付いてくるのはもちろんのこと。森でのマナーも市民のみなさんに自然に浸透しているようです。

以前フィンランドを訪ねたとき、普通の旅人だった私の目にも、みなさんが小さいころから大人と一緒に森に入り、作法を見て学んでいる、というふうに見えたのを覚えています。森での過ごし方に「よいしょ感」がなくて、実にさりげなく、普通に、森のある暮らしを楽しんでいる感じだったのです。

そのとき借りていた小屋の主の方から私も森でのきのこの見分け方を教わって、森を散策してきのこやベリーを摘んだりして、豊かな食卓を楽しませてもらったのを思い出します。

きのこの季節はきのこ狩りがお約束というふうで、それは日本で桜の季節にはお花見がお約束なのと同じような感じでした。

「ヘルシンキの北にある、小さい町からさらに七キロ離れたところにあるおうちに来ています。まわりは森か麦畑。他の民家は視界に入らないほどぽつんとしてるのだけど、すごく守られているような安心感があります。

小屋から片道二時間半あるいて、最寄りの湖へ出かけてみたら、そこの森には、今年はもう終わったと聞かされてたブルーベリーが鈴なり。森のなかで出会うこちらのひとはもっぱら関心はきのこにあって、あんず茸はあった?と聞かれたりしたけど、われわれはブルーベリー摘みに夢中でした。

ヘルシンキの街からわざわざここの森へきのこ狩に来てるひとも多いらしかった。二十人くらいの、きのこ狩用の籠をもった人たちがぞろぞろと森から出て来たのを見かけたし、一人で森のなかをうろうろする人の姿もいく度が見かけた。

いちど、森で出会った男性に、とれたきのこを見せてもらっていいですか、と聞いてみたら、快く見せてくれました。これ食べられるの?っていう色のきのこも入ってたけど、ほんにんいわく、どれが食べられるきのこかはわかっているからね、とのこと。こちらの人はきのこに関しては普通にわかっている、というふうらしかった。彼はヘルシンキ在住で、わざわざここまできのこをとりにきたそうで、こちらのほうがクリーンだし、人が少ないからいい、と言ってた。。。穏やかな物腰の人だったけど、きのこへのパッション、はんぱないらしかった。」(当時の日記より)

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△森に自生するブルーベリー

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△落ちたてのリンゴ、摘みたてのキノコ

後日ヘルシンキ郊外のヌークシオ国立公園も訪ねたんですが、そのとき印象に残ったのは、要所要所に焚火ができる場所があって、薪も常備されていたこと。誰に許可を乞うことなく、来た人が勝手にそこの薪で焚火をたいていいのです。

わたしたちが行ったときは焚火スポットですでに先客らが焚火を楽しんでいたので、そこに加わらせてもらいました。一緒に火にあたって、その一行のおひとりの3歳くらいのレオナちゃんという女の子と、ジェスチャーだけでいろんなやりとりをしたのが楽しかった。。。

フィンランドでは焚火と言えばソーセージを焼いてやかんコーヒーを飲むのがお約束らしく、ソーセージが焼かれていました(各自が持参)。火にあたっている人はなにげなく火のお世話をして、そして立ち去る人はそのまま立ち去っていきました。残った人や次にやってくる人に、その焚火がそのまま受け継がれていました。

みんな焚火の作法をそれなりに知っている、ということなんだなあ、と思った記憶があります。(近年それがそうでもなくなっている、というのもフィンランド在住の方からちらっと聞いたことがあるのですが。。)

タンペレ郊外に間借りした家へ、街から帰るときに通った森も、街からすぐだけど湖畔沿いのすばらしい森でした。この森では「小さい子どもを連れて森をがしがし歩いている親御さんたちを大勢見かけました。それと9月のフィンランドはまだ夜9時になっても明るかったせいか、朝から晩まで、森でたくさん人に出会いました。雨の降る夕暮れどき、乳母車に赤ちゃんを乗せて森の道を散歩するお母さんもいた。。。生活の一部に森での時間が含まれているようでした。森の道をジョギングしていて、途中で道の脇のポルチーニ茸を摘み、きのこ片手にまた走り出す、といったお姉さんもいたっけ。。。」

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フィンランドの人と森との関係について、このときの自分の記録をもう少しだけ抜き書きしてみます。

「行政が、森とつながる生活を応援している部分も大きそうでした。街からすぐの森には、歩きやすい小道が整備されていることが多かったし、そういう森の中の湖には、必ず湖のほとりに、清潔な着替え小屋とトイレ、シャワーが設置されていました。

そしてたとえ道が整然としていなくて森の中で迷ってしまっても(わたしたちも実際迷いました)、森の中では遅い時間までわりとよく人に出会えて、道を尋ねられるので、不安が少ないのでした。だから私たちもだんたん、日が暮れそうになっても知らない森が怖くならなくなりました。

フィンランドの人と森のかかわりは、すごく親しげでナチュラルで、かつ礼節があって、いいな。。。森の精とのつながりが切れていない人が多い感じがします。」

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△湖畔の着替え小屋

以上はスウェーデンでなくお隣フィンランドの様子ですが、スウェーデンの「森林法」にある「レクリエーションの場としての森林」という捉え方と同じだな、と思います。

スウェーデンでもフィンランドでも自然享受権が認められています。森と親しむこと、親しむときのたしなみが一般家庭のレベルで当たり前に伝えられているらしいことが、うらやましいです。

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日本には北欧のような自然享受権は認められてないですね。。同じく北欧のような自然享受権のないイギリスで、森と人をつなごうとしてこられた人に、グリーンウッドワーカーのマイク・アボットさんがいます。

マイクさんは、レクリエーションの場を提供することで森と人をつなぐことができると考えて、グリーンウッドワークに携わってこられたのでした。

新聞の手売り、森林のレンジャーなどの仕事をしたのち、グリーンウッドワークを人生の柱にするに至るまでの日々の中で、マイクさんは紆余曲折あってポリテクニック(高等職業訓練学校)で「レクリエーションマネージメント」を学ばれました。このコースに在籍中に「Living Wood」と名付けて後に展開することになる、森の中にタープをかけた場でグリーンウッドワークを分かち合う構想が形づくられ始めたんだそうです。そして「森林でのレクリエーション:イングランドおよびウェールズでの気軽なカントリーサイド・レクリエーションの提供において私有林が担う役割について」という卒業論文をまとめるためにリサーチやインタビューをする中で、ついに確信を持つに至り、「この方向で行く」と決めたんだそうです(詳しくはMike Abbott著『Living Wood:From buying a woodland to making a chair』をどうぞ)。

マイクさんは数人の人と共同で森を購入し、そこに道をつくり水を引き、柱を立ててタープをかけ、コンポストトイレやアースオーブン、簡易に泊まれる小さい小屋などをすべて手づくりでしつらえて、グリーンウッドワークの椅子づくりができる場所を整えました。そして、毎年初夏から初秋までのあいだ、この森に寝泊まりして1週間かけて手道具だけで生木から椅子を手づくりするワークショップを長年主宰してこられました。(途中で最初の場所から別の森に移っていますが、構想はほぼ同じでした、現在は”森の工房活動”からは”引退”されて、ご自宅のお庭にタープをかけて椅子づくりを教えておられます)。

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△森の工房でのマイクさん▽

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私もなんとかマイクさんが”森の工房活動”を引退される寸前に、森での椅子づくりに参加させていただいたのですが、テントで寝泊まりして、焚火で食事をつくって、明かりはキャンドルという、完全オフグリッドな1週間を過ごしながら椅子をつくった日々は、ある意味、私を変えてしまいました。

そのときご一緒した、誰よりも長旅をしてはるばる南アフリカの離島から来ていたリズさんという女性が「マイクがここでやってるのは、みんなを改心させるってことだね。ただ椅子のつくり方を教えているんじゃないね」とつぶやいてたのを思い出します。確かにそうだった気がしています。。

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△森の工房の作業エリア

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△テントと作業エリアをつなぐ道には削りくずが敷かれていました

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△入口がオープンになっているテント(枝をドーム状に組んで上からタープをかけたもの)

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△テント内部

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△風通しのいいトイレ

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△トイレ(女子小用)の中からの景色

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△焚火の調理スペース▽

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森の中に、あんなにオープンな拠点を維持するのは、さまざまなご苦労があったこともよくわかります。長年続けてくださったこと、すごいと思うし、ほんとうにありがたかったです。。!

日本の、とくに本州では、気候の問題もあってなかなかイギリスのマイクさんと同じようなスタイルで森に拠点をつくるのは難しいとは思います。そして北欧とも違って、日本の多くの森は平地にある森というより山林になるので、暮らしの中でちょっと入っていくにはハードルが高いのもわかります。

でも、なにか工夫ができないかなーと、思うのです。。工夫のためのインスピレーションとして、情報を交換しあっていけたら。。。

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ぐり と グリーンウッドワーク https://guritogreen.com/



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