見出し画像

🎬「日本初の映画主題歌って?音楽トリビア&クイズ大会正解者発表」🎉🏆

キティ浅草

キティちゃんが好きな方も、興味がない方も
今回の賞品は
キティちゃんの人力車で浅草雷門ツアー」でございます。

明治~昭和初期の乗り物・人力車も、世の中の発展と共になくなっていきましたが、今では観光名所で活躍するようになりました。
このように、時代が変わるとともに、なくなってしまった仕事のひとつに
弁士」があります(一部で復活しています)

弁士

大正時代の映画は、無声映画(サイレント)と言い、
映像の中では、出演者の声はもちろん、音も音楽も出ませんでした。
弁士」と呼ばれる人が、壇上に演台を置き、映像と客席を見ながら、
解説をしたり、声色(こわいろ)を作ってセリフを話しました。
例えば 映画「サザエさん」を上映するとしたら、一人の弁士が
サザエ、マスオ、波平、フネ、カツオ、ワカメ、タラ。
それぞれの人物の声を使い分け、身振り手振りで話したのです。

大正12年、「船頭小唄」という無声映画が作られ、大ヒットしました。
この映画の中で「枯れすすき」(作詞・野口雨情 作曲・中山晋平)という
曲が、主演の女船頭役栗島すみ子によって歌われましたが、なにしろ無声映画のため、音は出ず、この歌も「弁士」が代わりに歌ったのでした。

     💠野口雨情&中山晋平のペアが作った童謡💠
    シャボン玉・証城寺の狸囃子・兎のダンス、など

その後、「トーキー(有声映画)」と言って、映像と音声が同時に上映できるようになり、弁士の仕事はなくなっていきます。

昭和32年、野口雨情の生涯を描いた映画「雨情」が作られましたが、
無声映画「船頭小唄」で弁士が歌っていた曲、「枯れすすき」を、
森繁久彌が映画の中で歌いました。
これが、「日本初の映画主題歌」ということになっています。
曲名も「船頭小唄」になりました。

さて、トーキーの誕生で弁士が職を無くしていったのですが、昭和5年、
紙芝居「黄金バット」が大流行したことで、多くの弁士が紙芝居屋になっていきます。
昭和8年には、紙芝居「ハカバキタロー」が、「黄金バット」を凌ぐ勢いで大ブレイクしました。
当時はカタカナが多用されていたためこのタイトルが多かったのですが、
「墓場太郎」と表記されることもありました。
紙芝居の脚本作家・伊藤正美と、紙芝居画家・辰巳恵洋による紙芝居です。

紙芝居

あまりの大流行のため、昭和29年に、出版社からこれを漫画にしてほしいとの依頼を受け、描かれたのが 水木しげるの「墓場鬼太郎」です。
それが「墓場の鬼太郎」となり、やがて昭和43年にアニメになる際、
「墓場」は適当ではないとのことで、「ゲゲゲの鬼太郎」になりました。

ということで、正解は
水木しげる
「墓場鬼太郎」or「墓場の鬼太郎」or「ゲゲゲの鬼太郎」

水引 のし

正解者の発表&ポイントカード
(
参加ポイント1P&正解ポイント1P)

🎉🎊おめでとうございます🎉🎊

7月14日人力車賞

ポイント1

ポイント2

      🎈 今回、最初の5ポイントが貯まった方 🎈
             ひなたとりこさま
             つきるなさま
             うさぎと犬さま
             のんちゃさま

・紹介希望の記事(投稿日とタイトル名)をコメント欄にお書きください
  (期限はないのでゆっくりお決めください)
・紹介不要の場合は、その旨お知らせください。

今回は、初めて参加の方もいらして、大盛況でした
心からお礼を申し上げます💚💛💘
また、次の音楽トリビアクイズ大会をお楽しみに✨

海とヨット ライン

#音楽トリビアクイズ大会 #無声映画 #映画 #主題歌 #紙芝居
#ゲゲゲの鬼太郎 #弁士 #浅草雷門 #人力車 #おめでとう #森繁久彌
#船頭小唄 #黄金バット