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キモシェアハウス解散します 前編

ルームシェアを出ていくことになりました。
気持ち悪い芸人が集った醜悪な集団、隣人や近隣住民を怯えさせ続けた"ぼくらの家(蔑称キモシェアハウス)"は今年の11月で解散となります。


「この家はもうダメになってしまいました」

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⚠️ぼくらの家(キモシェアハウス)とは
※知ってる方、興味のない方は豪快に読み飛ばしてください

気持ち悪い芸風の芸人5人が住む家のこと。世間から受けた傷を舐め合い、不潔に生きている。

キモシェとも呼ばれる(タモリがタモさんと呼ばれるようなもの)

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       きみを見ているよ


メンバー紹介

木田
:ガクヅケの木田。このルームシェアの発起人でリーダー(リーダー?) 。
彼の底なしの悪意と好奇心が、キモシェアハウスを成立せしめた。


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古川
:サスペンダーズの古川。ぐんぴぃが後を追うまで、臭いの王だった。醤油で煮込みすぎて闇のように黒いもやし料理が主食。コードネームはコジキ。

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篠原
:元フェーの篠原。自身の顔面の奇特性を売りにした「レンタルぶさいく」という事業はキモシェアハウスリビングの冗談から開花し、そして枯れていった。コードネームはブサイク。

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ならた
:舎弟というコンビのならた。舞台上でみるのがミュウぐらい難しいと言われていた。しかし最近は浅草の東洋館に分布しているらしい。
一番の後輩で弟分、初期はリビングに住んでいた。キモシェアハウスは彼の影の努力があったからこそ成立していた。コードネームはハゲ。

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ぐんぴぃ:春とヒコーキのぐんぴぃ。自らバキバキ童貞と名乗る恥知らず。体が動く限り夜勤に出勤するし、家じゃ鼻血を吹くため、同居人たちにすぐ死ぬと思われている。
部屋がないため、木田さんと篠原さんの部屋を交互に移動する「ぐんぴぃレンタル制度」を採用。キモシェ成立に不可欠な悪法であった。コードネームはデブまたはフコウ。

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ちなみに木田さんのコードネームはオール
(ブサイク、乞食、ハゲ、デブ、不幸のすべての要素を兼ね備えているため)



キモシェアハウスのルール


この奇妙な集団生活は2019年の12月に始まりました。一般的な賃貸物件の契約期間にのっとり、2年間は絶対に住む、というルールでした。
もし2年以内に引越しをする場合は、次の更新月までの家賃を違約金として払う必要があります。
要するにケータイの2年縛りと同様の手口です。

2019年の僕たちは、2年もあれば状況もだいぶ変わるだろうと信じていました。2021年には売れているだろうとか、逆に芸人を辞めているだろうとか。将来をふまじめに考えると、極端なことを想像してしまいがちです。

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来年の話をすると鬼が笑うといいますが、2年後の話なんてしたらもう爆笑に違いありません。きっとバイきんぐさんのキングオブコント決勝ぐらい圧倒的なウケ量でしょう。これは竹内ズのがまの助が、舞台でウケまくった人に対して使う喩えです。

たしかに住人たちの状況は変わりました。テレビに出始める者、Youtubeが好調な者、彼女ができる者、逆に失う者、顔面の貸付を行う者、シコったら5000円もらえるバイトを始める者・・・。
ですがどれも、想定していたような家を出られるほどの変化ではありませんでした。世界は圧倒的に変わってしまったというのに、僕らはゆるやかに2年前の延長線を歩んでいます。

そんなわけで、ここしばらくはなんとなく、キモシェアハウスのおかわり(2期目)の話が出始めていました。


去る者たちの理由

5人がそれぞれ自分の視点で語ると思います。あくまで僕視点の話に終始します。


週1帰宅のならた

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舎弟のならたは、最初はリビングに根をおろして生活していましたが、じきに精神に限界が訪れました。その後、クーラーを求めて古川さんの部屋に移籍。
最近は彼女ができたため、ほとんどキモシェアハウスには帰ってこなくなりました。彼が姿を見せるのは週1,2程度になっています。たびたび遊びに来る赤もみじの村田さんや、木田さんに連れてこられる後輩フランツの方がよく会う週もあります。

ならたが帰ってこない日は、古川さんが勝手にならたの布団に寝てしまいます。聞きなじみがない言葉になりますが、布団泥棒です。

古川さん自身の布団は呪われたように腐食し、カビが生え、とうてい人が1日の三分の一を過ごしてよい環境ではなくなっています。
ここ何ヶ月か、ベランダの床に彼の布団がぐしゃぐしゃの状態で散乱していました。とうとう布団を捨てたのかと思い、古川さんに尋ねると「干してます」との答えが帰ってきました。床に置いて、干しているというのです。
車にハネられたような衝撃を受けました。雨の日も雪の日も、ベランダ床に布団を放置しているのです。呪われた布団の正体。家がない人の寝床と遜色ない品物でした。

一方、ならたの布団はTV通販でアメリカ人が紹介しているような快適ふかふかマットレスなのです。

古川さんはならたが帰ってくると、自分の汚布団で寝ることになるので、わかりやすく不機嫌になります。「盗っ人 猛々しい」とはこういう時に使うのでしょう。

このような家の惨状と彼女の家を天秤に比べると、ならたが週1帰宅になり、もう2年のおかわりを拒否する心情も頷けます。


遠吠えする篠原さん

篠原さんは、レンタルぶさいくがwithoutコロナすぎて、仕事が激減。現状うまくいっているとは言いにくい状況です。他にも辛いことが重なっているようです。

そのためか最近篠原さんは、ところ構わず「ウォ〜!」と雄叫びをあげるようになりました。狼になってしまいました。

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罰として電流を浴び続けた人が奇声をあげるようになる事例は、こわいWikipediaで読んだ方があります。
人ってこうやって壊れるのか、と観察していて思います。

篠原さんも最初のうちは「う、うぉ…」と小さく呟くように言った後「いや何でもないw」と笑っていました。

しかし、次第に声は大きくなり

時折、夜中に

ウオ〜〜〜〜〜ン!!!!!!!!!!!!

と爆音で叫びます。

「えっ?」と振り向くと、海王類の眼をした篠原さんが何もない方角をにらみつけていました。冗談ではなさそうでした。

小説「かか」に同様の現象がしるされていました。これが「はっきょうである」と書かれています。

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篠原さんには篠原さんの考えがあるようです。面白い男ですし、今後、彼の行く道を応援しています。


部屋なしぐんぴぃの憂鬱

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(光を照射してくる木田さん)

およそ一年半前。部屋がなくても構わないといった自分をぶん殴りたいです。
自分1人の時間というものは、部屋が必要条件だったのだと今更ながら気づきました。

木田さんは家では「バキー」「バキバキバキバキ!!!ドゥテイ!!!!」などずっとバキバキ童貞の"音"を口から発しています。
木田さんは本当に面白い人です。ただその面白さの内訳には度を超えたしつこさがあります。
四六時中、バキィン♪などと叫んでいます。

当初は嫌がらせだったと思いますが、現在は木田さんの口癖になってしまいました。僕がいない時も鼻歌のように「バキドッテッ♪」と口ずさんているらしいです。

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(見られている…?)

一人暮らしのときは、部屋で本を読んで過ごすことが多かったのですが、今は木田さんがバキィ♪と言い続けて気が散ってしまいます。
木田さんが気が済めば僕は読書できるのですが、なかなかそんな時間はありません。

最近、木田さん自身が本を読んで静かにしてる時間だけ、ぼくも読書できるということが判明しました。図書館のような静かな時間になります。


僕は5月ぐらいから冷房をいれたくなります。非常識だとは皆の反応でわかります。しかしデブは5月から夏なんです。同居人がいると冷房をつけられないのは苦しいですね。
ガチ夏になっても、僕は室温は22度ぐらいが涼しいのですが、木田さんは27度が適温なのでそこも折り合いが難しかったです。

一度、大鶴肥満さんがルームシェアで温度を下げるコツを教えてくれました。

「温度を一気に下げた後、リモコンの赤外線センサーを手で隠してください。
そのまま温度を上げるボタンを押せば、モニターに表示された温度だけあがるんですよ」
完全犯罪マニュアルのような口ぶりでした。
結局バレちゃいましたが。

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(ママタルト・大鶴肥満さん)


バキバキ童貞のYouTubeが、ほんのちょこっとだけ軌道に乗りました。バイトを減らすことができました。家賃を1.8万円まで下げなくてもよいのではないか、というのが僕の考えでした。
家賃をあげてもいいから、全員が部屋を持てるように引越ししませんか、と交渉が始まりました。


以下、後編に続きます。

キモシェアハウス継続のために起きた交渉、事件、良かったこと、そして各人のこれからについてです。



参考:キモシェアハウスについて語った動画

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https://youtu.be/Y5XSsB4qJow

身に覚えのない慰謝料にあてます。