ご機嫌カルピス
今朝から憂鬱だった。送り盆当日にスーパーへ買い出しに行く用事ができてしまったからだ。混むと分かっていたから前日に買い出しを済ませていたのに、歯磨き粉の銘柄がいつもと違うことに泣き出した次男によって、私の計画は水の泡となった。ちなみに私の名誉のために説明すると、銘柄を間違えたのは旦那である。
駐車場入口にある「満車」の赤い字がより心を沈ませる。どうにか空いている場所を見つけて車を停めたけれど、店内は案の定、人、人、人だらけ。思わず溜息が零れる。うだうだしていても仕方ないので、小さくなった買い物かごの山に手を伸ばし、覚悟を決めて1歩足を踏み出す。
本来なら子ども用歯磨き粉1つのために買い物かごなんて必要ない。さっさと歯ブラシコーナーで次男がご所望のブドウ味を掴んでレジに並べばいい。
しかし、私はこの買い物かごに「自分ご褒美」を入れなければ気が済まなかった。可愛い我が子のためとはいえ、人混みが苦手なことに変わりはない。自分の機嫌は自分で取るのが大人なのだから必要経費だ、と見えない誰かに言い訳をする。
どうせならじっくり吟味しようと思っていたのだけれど、あっさりと自分ご褒美の品は決定した。店頭に並ぶ白を基調としたボトル。そこに描かれた青の水玉模様やフルーツのイラストに引き寄せられる。カルピスだ。きっとお盆を機に孫が遊びに来る祖父母をターゲットにした特設コーナーなのだろう。「2本セットでお買い得!」と書かれたポップが決定打となった。
朝から大急ぎで家事を済ませたので疲れてはいるけれど、安定の味を求めるほど精神は疲弊しておらず、むしろまだ試したことがないフレーバーに挑戦したい気分だった。前回はマンゴー味を買ったので今回は桃味とメロン味。目的である歯磨き粉も忘れずにかごに入れてレジに並ぶ。
商品棚にまではみ出した長蛇の列の一部となり、2人体制となったレジを眺める。バーコードの読み取り担当と袋詰め担当に分かれて腕をフル稼働させる店員さんに、心の中で「お疲れ様です」と労いの言葉をかける。この時点で私の眉間の皺はすっかり取れていたと思う。自分ご褒美というは、味わう前から人をご機嫌にしてくれるのかもしれない。
任務完了、車をこすることもなく無事に帰還した。次男は歯磨き粉よりも先にカラフルなボトルに反応する。
「のみたい!」
「わたしも!」
甘党の長女もやってきた。大きなグラス3つに氷をたっぷり入れてカルピスの原液を注ぐ。長女と私は桃、次男はメロン。ご褒美なのだからケチってはいけない。ここは水ではなく牛乳の出番だ。罪悪感も薄めてくれる「脂肪ゼロ」の大文字も後押しとなり、グラスに滑らかな白色が注がれていく。ほんのりピンクと黄緑に色づいたグラスは、期待とともに愛おしいという感情を芽生えさせた。
テーブルまでの距離すら惜しい3人は、そのままキッチンで乾杯をした。頑張った自分に向けてグラスを掲げ、そっと口をつける。濃厚でとろりとした口触りと甘さ、そこにほんの少し加わる乳酸菌特有の酸味が疲れた身体に染みていく。桃というのはどうしてこうも「満たされる」という言葉が似合うのだろうか。ご褒美の名に相応しい一杯だ。
一口目の余韻に浸っていると、次男が手に持ったグラスをこちらに向ける。お互いに利害が一致していたので笑顔でグラスを交換した。
メロン味は先ほどの桃味よりも軽い口当たりだった。牛乳で割っても尚後味は爽やかで風呂上りの1杯に良いかもしれない。
お騒がせな次男は、まるでおじさんのように「ぷはー!」と多めの一口を堪能している。困ったやつだと思いつつも、ご機嫌なので見逃してやることにした。
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