歌詞にしてもらえなかった男

某日、マッチングアプリで知り合った女性とご飯に行った。

アプリ上の彼女は顔を隠していたので、この日初めて見た彼女は想像よりもクールで、笑顔があまり似合わない顔立ちだった。実際、媚びない彼女の第一印象はこわいと言われがちだそうだ。自分も例に漏れず怖そうな子だと思ってしまった。

自分は白Tにジャケットを着ていたんだけど、音楽関係の職場ではジャケットを着るような人はいないから緊張するって言ってたっけ。話をすればする程、外見に似合わずシャイだし気を遣う子だなぁと思った。

連絡先を交換し、初回のデートではプラネタリウムへ。遅刻したにも関わらず、嫌な顔せずに待っていてくれた。小雨の中、駅から割と長時間歩くときも、知らないところを歩くのは好きだと彼女は言った。

その夜、ご飯屋さんへ向かう途中で、実は歌手であることとフルネームを打ち明けられた(前回までは違う職業だと聞かされていた)。その場で調べるのも野暮なので、今度曲を聴いてみるねとだけ答えた。

夕飯を食べながら、今でも後悔してるんだけど、野暮な質問をしてしまった。

『歌手からみて誰の音楽がオススメ?』

という質問に

『私かな』

と真っすぐな瞳で返されたとき、自分の何も考えてない性格を見透かされた気さえした。そしてこの言葉は今でも猛烈に印象に残ってる。

2回目のデートの前には、彼女のCDを全部買って聴いて、出演するラジオ番組も聴いていた。ご飯を食べてるときに、聴いた曲を褒めるとホッとした顔で素直に喜んでいた。

ラジオでの彼女の声は、今まで聴いてきたそれの2トーン高く、トークも面白かった。まるで別人で、ラジオの彼女の方が気になってしまった。ラジオでは最近キレイになったねと言われていて、彼氏でもないのにニヤニヤしてしまった。

3回目のデートでは日帰り温泉へ。この日の自分は風邪気味で咳が出ていた。喋ると咳が出てしまうので、なるべく喋らないようにした。ドライブデートで長時間密室にいたんだけど、歌手に咳風邪うつしたらそれはもはやテロでしょ。申し訳なさ過ぎて笑顔が減ってしまった。

こんなこと言うと女性に怒られそうだけど、この日の彼女は少し化粧が濃かった。そして少し下手な化粧が微笑ましかった。

この日を境に、自分の気持ち(と向こうの気持ちも)がそこまで盛り上がらず、これ以降のデートはなくなった。

それでも彼女のラジオは今でも聴いている。偶然か分からないけど、会わなくなった頃くらいに番組内でつばきファクトリーの『三回目のデート神話』が流された。彼女の選曲らしい。この歌にはこんな歌詞がある。

"訊けないのは どこが好きになったのか それは余所行きのわたしではないよね? ねぇ知ってる? 三回目のデート神話では 結ばれなくちゃおしまい"

ちなみに、彼女が作る曲の歌詞に自分っぽい登場人物は一切出てこないので、所詮そこまでだったんだろう。今でも歌ってる、自分とは正反対の男が登場する曲を聴きながら、無駄に嫉妬しているのである。


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