習慣を築き、打ち破り、また習慣を築く

二十四節気の「白露」と言えば、仲秋の入り口だ。残暑に季節を見失いそうになるが、一年は終わりに近づいている。季語は「美しい季節を切り取ったもの」と言われるが、暮らしやすいとは言えない日本の気候に覆われていると、「過酷な生を紛らすための知恵」だったのではないかという気がしてくる。そういえばそんな記事をどこかで読んだかもしれない。

一日の「季節」のかけらが転がり、日々は進んでいく。どうなることかと思った日常は、実際どうなっているのかわからないが、渦中にいるものほどその深刻さが見えないということは震災の時に実感した。ウイルスに分断された社会は深刻な方向に向かっているのかもしれないが、その中心に身を置く自分自身は少しだけ様変わりした日々を進む。

講義室の授業がPC上になり、その準備で一日が終わる。去年には想像できなかった日々だが、慣れれば逆に去年を思い出せない。今の方が大変なように思えるが、去年は去年で大変だったような気がする。状況が変わっても、それは習慣の中で当たり前のものになっていく。

そして結局自分という人間の性根も大して変わっていないようだ。研究プロジェクトをいくつか思いついたので、一つずつ動かしていく。今週から少しずつ忙しく、ネットであちこちに出没する予定だ。習慣が生まれたらそれを置き去りにし、新たな習慣を生きることで、前に進んでいく。

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