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馬の耳に合うラップ5選

「馬の耳に念仏」

計り知れない数の念仏のスペシャリストたちがこの諺に挑戦し、夢半ばにしてあえなく崩れ去っていった。

馬の耳という鉄壁を人類が打破する日は、永遠に訪れないのではないだろうか——。

世界中が諦めムードに陥りかけた1973年、米ニューヨークはブロンクスでとある音楽が興隆した。

そう、ラップである。

リズミカルに言葉を並べ、メロディーではなくフロウに音楽性を見出すラップ。それを耳にした念仏のスペシャリストたちは、異口同音に叫んだという。

「ヒヒーン(これだ)」と。

ラップの流行はパカラッパカラッと足音を立てて日本に伝来し、日本語で書かれたラップが全国に広く浸透した。

今しかない。念仏のスペシャリストたちは立ち上がった。

人類の希望が、再び動きだしたのである。

今宵、厩舎に集まったのは、五人のスペシャリストと五頭の馬。

ペアA : 念仏田 特介 (ねんぶつだ すぺしゃりすけ) / フルメタルアルケミスト (牝馬)

ペアB : 越後 益麻呂 (えちご ましまろ) / ウーロンマスク (牡馬、イーロンマスクのモノマネ芸人)

ペアC : 新宿 花子 (しんじゅく はなこ、新宿区役所勤務) / マツケンヒンバ (牡馬)

ペアD : 不知止谷 電力次 (とまらねぇや えなじ) / バサシンクリード (牝馬)

ペアE : 霧雨 魔理沙 (きりさめ まりさ) / うますけ (牡馬、競走馬じゃないので愛着のためだけの名前がついている)

歴史を変える戦いが、今、始まる——。

1 : 助演男優賞


念仏田が得意げな表情で取り出した音源は、Creepy Nuts「助演男優賞」。

主役に手が届かない悶々とした気持ちをキャッチーなリリックに乗せて綴る、王道の日本語ラップである。

「音源準備オッケーでーす」

フルメタルアルケミストも「ヒヒン」と応答する。

いざ、運命のご対耳!

——俺らは助演男優賞のノミネート候補 現場に急行
——それでもどこか期待してる夢見がちなBoys メンタル中坊

フルケミがリズムに合わせて首を縦に振っている。どうやらハマったようだ。

——群雄割拠 跳梁跋扈 口八丁 with 手八丁

おっと、ここでフルケミのノリが大人しくなってしまった。知らない漢字の連続が念仏と認識されてしまったのだろうか……?

——Six Manで上等 助演男優賞
——芸達者な名脇役 現場に急行

再び激しく乗り始めた。メロディがついたことで、音楽であることがしっかり分かったようだ。

——そんな音楽響かしてこうや兄弟
——拝啓、縁の下 村八分 爪弾き 蚊帳の外 Join Us!

ここで、フルケミは驚愕の行動に出た。二足歩行で立ち上がり、サビのあのダンスを踊り始めたのだ。身体構造の壁を越え、あの頃のCreepy Nutsにゼロから辿りついたのである。

これには念仏田も涙を堪えきれません。よくやった、お前すげえよ。お前が本当のDJ松永だよ。もう明日からお前がDJ松永としてやっていけばいいよ。

いや、そんなことないか。それはDJ松永に失礼だわ。ごめん。言いすぎた。俺いっつも一言多いんだよな。悪気があって言ってるわけじゃないんだけど、どうにかなんねえのかなこれ。ほんとに。なんかさ、去り際の一言とかめっちゃ上手い人いんじゃん? 俺ああいう人マジで羨ましいんだよな。どうやったらできるんだろ。いや、ただなんか適当に褒めるだけならできんだよ? でもさ、そんなの誰でもできんじゃん。なんかさ、そういう嘘じゃなくて、もっとこう……なんて言うかな〜うまく言えねんだよな。口下手……なのかな俺って。そんなつもりで言ってるわけじゃないのに、なんでそういうこと言うのみたいな空気になるんだよ。毎回。……もう、しょうがねえよな。俺はこういう人間なんだよ。俺はこういう人間。ごめんな、なんかしおらしくしちゃって。ま、うまい酒でも飲んでパーっと忘れようや。あ、お前馬だから飲めねえか(笑)。なんつってな!

ヘッドホンの外の声がフルケミに届くわけもなく、曲は最後のサビに突入。

ノリノリでダンスをして、ペアAの念仏タイムは終了した。

ヘッドホンを外されたフルケミの寂しそうな顔。内心何を思っていたのかは、フルケミ自身にしか分かりません。

果たして!

2 : インドア系ならトラックメイカー


越後がしたり顔で取り出した音源は、Yunomi「インドア系ならトラックメイカー」。

特徴的な可愛らしいサウンドと心地よいライミングで、歌ってみた動画でも大人気な一曲だ。

勝手に流し台を持ってきたウーロンマスクにヘッドホンを装着させ、いざご対耳!

——マイハウス is 段ボール
——NEWハウス エレクトロハウス

フルケミ同様縦ノリを始めるウーマス。越後も一安心して腰を下ろす。

——えびでい えびない トラックメイカー

歌詞が一旦止むと、越後はあることに気がついた。ウーマスのタテガミが、左端の何本かだけピョコピョコと跳ねているのだ。

じっと観察してみる。どうやら、キックが鳴ったタイミングに合わせて跳ねているようだ。

——ピークを抑えろ マキシマイザー
——眠気のピークに カフェイン投下

低音が強いパートに入ると、さっきまでの倍近くの高さまで跳ね上がった。さらに曲が進むと、左端以外のモコモコとした跳ねも目立ち始めた。

これ、“アレ”だ……!

いつも見かけてるやつは円形だからすぐにはピンと来なかったけど、これ、間違いなく“アレ”だ……!

そうだ、“アレ”……

ランチャーム



果たして!!

3 : ウェカピポ


新宿が何食わぬ顔で取り出した音源は、SOUL’d OUT「ウェカピポ」。

リリースから何年経っても話題になり続ける、色褪せない魅力を持つ一曲だ。

のど自慢のオーディションに落ちご乱心のマツケンヒンバにヘッドホンを装着させ、いざご対耳!

——NAH ウェカピポ YO!
——秘めた巨大なPower そびえ立ったTower

一旦曲が流れ出すとご乱心も収まり、じっと聴き入るマツヒン。

——その瞳もくもってしまったLost generation
——失ってしまった愛という名のIllumination

念仏田や越後の馬は縦ノリしていることを知った新宿は、微動だにしないマツヒンを不安に思い始めた。

——そして胸の奥に秘めたSweetest emotion

「マツヒン!?」

新宿は音源を一時停止し、マツヒンのもとに駆け寄った。マツヒンによって投げ捨てられたヘッドホンは、数メートル先まで転がった。

「どうしたの……?」

俯くマツヒンに、新宿はそっと問いかける。

「……分かんねえよ……」

新宿はマツヒンの顔を覗き込む。

「分かんねえんだよ! 念仏のスペシャリストだかなんだか知んねえけど、俺らに人間の意味わかんねえ歌聞かせて何になんだよ! 馬の耳に念仏だ? ああそうだよ、俺ら馬の耳には、人間様のお偉い説法なんざ一文字も響きゃしねえよ! ましてやなんだよ、アッアラララァアアァって……分かるわけねえだろうが! 悪りぃかよ、俺らなんかさ、どうせ馬と鹿の片割れだよ。それでもさ、一生懸命生きてんだよ。跨られて鞭打たれてさ、金返せとかなんとか言われてさ、それでも、俺らが一番かっこいいって、人間たちを楽しませられるって、誇り持ってやってんだよ。それがなんだお前らは、念仏の代わりにラップ聴かせたら響くか実験しようって、それが人間のやることかよ……。笑えよ。ガキみてえな牡馬が一頭、悔しくて泣いてんだ。お前らには分かんねえだろうな。俺は……俺は、ずっと一頭きりなんだよ……」

ポン、と新宿はマツヒンの肩に手を置いた。

「荒 荒 荒波立つ ここはURBANNITE?」

「……なんだよ」

「ほら、URBANNITE?」

「……ウェカピポ」

マツヒンはぶっきらぼうに答える。

「若 若さの中不確かな迷いとか?」

「…ウェカピポ! なんだよ」

「ふふっ、逆 逆 逆さまWorldの孤独に強く?」

「ウェカピポ。」

「まだ「まだ闘わねば 真実はどこだ Ah, ah, ah!」

互いに目を見合わせる新宿とマツヒン。

「どう、ちょっとは分かってきた?」

「フン、全っ然分かんねー」

マツヒンは徐に口角を上げ、ヘッドホンを拾って装着し直した。

——ふさいでないでみせろよ 立ってみせろよ
——Hey Yo 未来に両手を 解き放てよ!

マツヒンは恥ずかしそうに、しかし楽しそうに縦ノリを始める。

——荒 荒 荒波立つ ここはURBANNITE “ウェカピポ!!”
——若 若さの中不確かな迷いとか “ウェカピポ!!”

リズムに合わせて首を左右に振るマツヒン。新宿も嬉しそうに手拍子する。

曲が終了してヘッドホンを外したマツヒンは、ブルルル、と鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまった。

「ちょっと、どこ行くの?」

「どこ行くかって、お前……分かってんだろ?」

新宿はクスッと笑う。

「もう、マツケンヒンバったら」

果たして!!!

4 : 今夜はブギー・バック


不知止谷がシケた面して取り出したのは、小沢健二 feauturing スチャダラパー「今夜はブギー・バック」。

一時代を築き上げた名曲として、今なおカバーされ続ける一曲だ。なお、今回は事前にタコに占ってもらい、nice vocalを使用することになった。

バサシンクリードをオープンカーに乗せ、ヘッドホンを装着させていざご対耳!

——ダンスフロアに華やかな光
——僕をそっと包むよなハーモニー

知ってる曲だ、と上機嫌になるバサクリ。これほどの有名曲になると、馬の間でもちゃんと流行るようだ。

——僕とベイビー・ブラザー
——めかしこんで来たパーティー・タイム

首を傾げるバサクリ。普段はsmooth rapを聴いているのだろうか。

——1 2 3 を待たずに16小節の旅の始まり
——ブーツでドアをドカーッとけって「ルカーッ」と叫んでドカドカ行って

バサクリは勝手に音源を一時停止し、ヘッドホンを外した。

「知ってる曲なのに、知ってる声じゃない」と困惑した様子で訴える。

公式音源を用意してるのにおかしいなと思いつつ、「知ってる声って、どんなの?」と訊いてみると、喉を絞って声真似をしてくれた。

バサクリが知っていたブギーバックは、なんと宇多田ヒカルによるカバーバージョンだったのである。

そんなバージョンは用意していないので、大人しくヘッドホンをつけ直して続きを聴いてもらうことに。

——てな具合に ええ行きたいっスね
——いっスねーっ イエーッ!! なんてねーっ

不満げなバサクリ。少し聴くと、今度は宇多田ヒカルではない声真似で歌い始めた。

「この声の音源は用意してる?」

「KREVA? してないよ」

するとまた首を傾げ、別の声色で歌を続けた。

「この声は?」

「櫻井翔? してないよ」

「じゃあこれは?」

「加藤ミリヤ feat.清水翔太? してないし、そんな歌い分けできる馬いないよ」

「これなら?」

「ハンバートハンバート? してないし、馬のセンスとは思えないよ」

「これは?」

「美波 & 大橋ちっぽけ? してないし、その曲はどちらかと言えば水星だよ」

苛立つバサクリ。

「これはあるでしょ?」

「ポムポムプリン? してないし、本家を避けてそれを知るルートは無いよ」

「これは用意してる?」

「オルゴールバージョン? してないし、ラップパートがある曲をオルゴールにする奴はいないよ」

「これならどう?」

「AI美空ひばり feat.岡田斗司夫? してないし、featが嘘すぎるし、AIと本人の歌声の区別がつく競走馬が存在するんだという衝撃しか残らないよ」

——ブギー・バック シェイク・イット・アップ 夜の終わりには
——2人きりのワンダー・ランド

結局、何ひとつ一致しないまま曲が終わってしまった。落胆するバサクリ。

「でも、また一つ新しいバージョンが知れたよ。今日のやつ、一番好きかも」

「よかったね」

果たして!!!!

5 : もってけ! セーラーふく


霧雨が生まれたての子鹿のような顔をして取り出したのは、泉こなた(平野綾)・柊かがみ(加藤英美里)・柊つかさ(福原香織)・高良みゆき(遠藤綾)「もってけ! セーラーふく」。

電波ソングの金字塔であり、オタク文化の礎を担った一曲である。

「今日は馬に電波ソングを聴かせる検証をやっていくんだぜ。ゆっくりしていってね!」

コッペパンで腹を満たしたうますけにヘッドホンを装着させ、いざご対耳!

——曖昧3センチ そりゃぷにってコトかい? ちょっ!
——らっぴんぐが制服… だぁぁ不利ってこたない ぷ。

「違う違う違う!」

喚き出したうますけに驚き、霧雨は音源を一時停止した。

「何が?」

「足りないだろ!」

うますけが厚切りジェイソンみたいな口調で言うには、霧雨が流したもってけ!セーラーふくの音源は冒頭部分がカットされていて気持ち悪いらしい。

「そんなのあったか? 私は別にカットなんてしてないし、冒頭部分の記憶もないぞ」

「あっただろ! とぼけても無駄だぞ!」

「とぼけてなんか、ないんだぜ。一緒に探していくか」

(今のぱーてぃーちゃんだったな)

霧雨とうますけは、音源を囲んで意見を出し合う。

「イントロってこと?」

「いや、確かセリフだった気がする」

「セリフ…?」

「そう、音楽は無くて、なんか喋ってから始まるんだよ。独白じゃない。何人かで喋ってた」

わずかな情報を頼りに記憶を辿り、しっくりくるものを探していく。

——さあて、来週のサザエさんは?
——フネです。男と生まれたからには、誰でも一生のうち一度は夢見る「地上最強の男」。グラップラーとは、「地上最強の男」を目指す格闘士のことです!
——おお、大変なことになりましたな〜。来週も、見れば〜?

「違う、全部他局だろ」

——無差別格闘早乙女流・乱馬くん。
乱馬「放せっ!」
あかね「シャアーッ!」
——天道道場のあかねちゃん。
あかね「ちょ、ちょっと何よぉ?」
——二人は親同士が決めた許嫁。
乱馬「勝手に決めるなよ」
あかね「迷惑だわ」
——そして乱馬くんには悩みの種が。
ゴールド・ロジャー「俺の財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! この世の全てをそこに置いてきた!」
ルフィ「何すんだよ!」
——ゴムゴムの実をかじるとゴム人間になっちゃうんです。

「もう、全然違うぞ!」

「なんだよ、一生懸命考えてるんだぜ?」

「どう見ても違うだろ、まともに考えろよ!」

うますけ、なにか閃いた様子。

「まともに……?」

「どうした?」

「そうだ、思い出したぞ。最後のセリフは『まともに始めなさいよ!』だ」

「でかした!」

新たな情報をもとに、さらに絞って考えていく。

——だから言いたいわけですよ。こう。
——世界はそれを、愛と呼ぶんです。
まともに始めなさいよ!

「まともに始めてる、次」

——にゃっほーい!わたしたち、あんきら!歌いまーす!
まともに始めなさいよ!

「判定が早すぎる、次」

——ぐあっ!
——大丈夫ですか、先輩!
——うっ……く、まずい、心臓をいかれた……
——先輩……ダメですよ……この犯人捕まえたら、俺の結婚式出てくれるって、約束したじゃないですか……
——悪い……
——それに、奥さんも娘さんも、お腹空かせて待ってるんでしょう? ここで死んだら……どうするんですか……
——嫁と娘、か……。城田、
——はい……
——あいつらに、伝えといてくれねえか。……遺言ってやつだ
——……はい
——ちゃんと伝えてくれよ
——分かりました……
——よし……時は20XX年、
まともに始めなさいよ!

「らき☆すたが始まる度にこれ見せられると思うと煩わしすぎる、次」

——いぇ〜い、彼氏くん見てるー?
——俺たち、今から君の彼女と朝までやりまくりま〜す!
——彼女さん、もう君の刺激じゃ満足できないんだってさ!
——可哀想な彼氏くんに彼女の可愛い姿お裾分けするんでえ、たっぷり楽しんでくださーい!
——俺ら優しいな〜マジで
——じゃあまず、地面まで300メートルあるメリーゴーランドに一緒に乗ってえ、
——たっけ〜!
——吊り橋効果でガッチリ絆、作っていきま〜す!
——俺らに惚れちゃったらごめんな〜?
まともに始めなさいよ!

「かがみんは尖ったNTRビデオレターのツッコミ役じゃない、次」

——いやあ、今年も頑張りましたなあ
——それはアッチの方も、ですかな?
——もちろんですとも。まあ、アッチの方は、頑張ったというより、筋張ったの方が正しい気もしますがな。
——ハハ、たっぷり、精、を、出しましたからなあ。
——こりゃうまい! いやあ、やはり常務には頭が上がりませんなあ
——本当ですな。亀の頭なら、いくらでも上がるんですがな。
——なんと! みなさんお上手で。愉快愉快。来年も、持ちつ持たれつ、勃ちつ抜かれつでやっていきましょうや。
——ハハ、持”ちつ”持たれつ、ですな
——おや、最年少は目の付け所が違いますなぁ。この調子じゃ、ペニの突き所もさぞかし斬新なんでしょうなあ。
——いやはや、そろそろ乾杯といたしますか。
——そうですな。それでは、一年の健康を祝して……
——三人「デカパーイ!」
まともに始めなさいよ!

「かがみんはジジイのセクハラ忘年会の終わってるノリを是正する人じゃない、次」

——さあ、始まるザマスよ!
——行くでガンス!
——フンガー!
まともに始めなさいよ!

「なにこれ?」

「なんか突然降ってきたんだぜ」

「適当で言うな、こっちは真剣にやってるのに」

「ご、ごめんなんだぜ」

その後もしっくりくるものは出せず、一旦諦めて曲を最後まで聴いてみることにした。

サビに入ると、うますけは得意げな表情で親指を立てた。

「思い出した?」

うますけは頷く。

曲が終わり、ヘッドホンを外す。霧雨は目を輝かせて訊く。

「で、何だったの?」

「まあまあ、そう焦りなさんな。正解はね……」

——ついにやってまいりました、全日本統一陸上競技大会、男子400m決勝
——勝利の女神は、果たして誰に微笑むのか
——On your marks
——緊張の一瞬
——Clap your hands
——位置についた
——Love yourself
——Hold me tight
——No music, No life
——Don’t look back in anger
——All my treasure is that you laugh at me(あなたが笑ってくれる、それだけが僕のAll my treasure)
——That’s unfair(ずっちーな)
——Yukina Kinoshita(ユッキーナ)
——Sae Yamamoto(スザンヌ)
——What is Suzanne doing now?(スザンヌって今何してるのかな)
——I eat yakisoba or something(僕は焼きそばとか食べてるよ)
——Glad if you are the same(君もそうだといいな)
——選手たちが一斉に腰を上げた
——Set(月が綺麗ですね。工場の近くの道路に溜まってる虹色の水みたいで)
——[銃声]
まともに始めなさいよ!

「これよ」

「もうそれでいいス」

果たして!!!!!

決戦


函館競馬場のゲートに、精鋭13頭がゆっくりと入っていく。

緊張感に包まれる会場。スペシャリストたちも神妙な面持ちで馬たちを見つめている。

先に紹介した5頭を含む、ほとんどの馬のスタンバイが完了した。

大外枠の一頭が入場しようとした、その瞬間——

《ごめんな友よ、俺はもう行くよ!》

MOROHA「革命」の馬がフライング! 残りの馬も慌てて走り出す。

現在「革命」と並んで先頭を走っているのは、川上音二郎「オッペケペー節」。日本語ラップの走りとしての実力を遺憾なく発揮した走りで、グイグイと猛追していく。

その一方で、まだ走り出していない馬もいた。

「どうした!? 出走しろよ!」

「?」

「聴かせただろ、ラップ! 走れよ!」

「?」

その馬が聴いたのは、Eminem「Without Me」。バイリンガルの馬がいる可能性に賭けたのだが、残念ながら何一つ言葉が入ってこなかったらしい。

ここに来て「馬の耳に念仏」の本来の意味に立ち返ることになるとは。騎手は落胆して、そっと馬を降りた。

レースは続いている。現在の一位は「ウェカピポ」のマツケンヒンバ。

しかし、だんだんとコースアウトしていく。

カーブを無視したマツヒンは、遂にコースの外に飛び出してしまった。

まるで「じきに時代が追いつく」と言われたもののルートが全然違っていたために永遠の唯一無二となってしまったSOUL’d OUTのように。

現在の一位は「インドア系ならトラックメイカー」のウーロンマスク。安定した走りでトップを維持している。

ここで下位集団から二頭の馬が急速な追い上げをみせ、六、七頭をごぼう抜きして先頭に躍り出た。

彼女らが聴いたのはHY「AM11:00」と、ナナヲアカリ「ディスコミュ星人」。

Cメロ的に挿入されたラップで一点突破を狙う作戦だ。

後ろから近づく足音に焦り出すウーマス。どれほど距離を詰められているのだろうと、ふと振り返ってみる。

「ホォ、まだまだ大丈夫そうだな……」そう呟いたとき、ディスコミュ星人と目が合ってしまった。

《目を見てしまえばみんなイチコロ そういうお年頃!》

「おい! どうしたウーマス!」

ウーマスの身体は一瞬にして髄から白骨化し、走るどころではなくなってしまった。

《後はそばに君が座るだけ 気持ちだけすでに最前線だぜ》

調子に乗るAM11:00。しかし、彼らの天下はそう長くは保たなかった。

ラップパートが終わると、どうしてもスピードを保つことが難しくなってしまう。

みるみるうちに順位は下がっていき、再び最下位争いの仲間入りとなってしまった。

ラップ曲として作られたものでないと、先頭集団には上がれない——。

そんな言い訳は、一切通用しない。

なぜなら、現在の一位は、くるり「琥珀色の街、上海蟹の朝」を聴かせた馬だからだ。

《吸うも吐くも自由 それだけで有り難い》

聴かされた曲の差に不平を言わず、謙虚に直向きに走り続ける。そんな強さを持つ馬だけが、首位独走に値するのだ。

《とうに終わりが見えるけど 俺は君の味方だ》

自らがボーカル主体の曲であることを悟りながらも、同じ境遇のAM11:00やディスコミュ星人の分まで戦い抜くことを誓った逞しき牡馬が一頭、大地を踏み締めて走っていく。

《いや泣けたっス まじ泣けたっス フリースタイル具合にマジ泣けたっス》

所詮バンドの曲と舐め腐り、したり顔で追い抜こうとする「今夜はブギー・バック」のバサシンクリード。

琥珀色の街はそんなバサクリに一瞥をくれ——

《決死の思いで起こしたクーデター もういいよ そういうの》

ボッ……

「あれ、バサクリ!? 今何が起こったの??」

琥珀色の街により、バサクリは路地裏のニャンコに変えられてしまった。

《上海蟹食べたい あなたと食べたいよ》

ここから先は、ボーカルのみになる。だんだんと失速していく琥珀色の街。

さっきまでの威勢が嘘のようにスイスイと抜かされ、順位は地に落ちた。だが、彼の走りには騎手たちから多くの拍手と賛辞が贈られた。

《でも本音を言うと 主役の座が奪いたいやいやい》

現在のトップは「助演男優賞」のフルメタルアルケミスト。誰よりも安定した走りで、後半になってもスピードが全く衰えない。

大どんでん返しの本命。そんな二つ名に恥じない走力。彼の優勝は決まったようなものだ。全員がそう思ったとき、競馬場のモニターが切り替わった。

映し出されたのはニュース速報。騎手たちは食い入るように画面を見つめる。

「速報です。違法薬物所持の疑いで起訴されていた、競走馬のフルメタルアルケミスト容疑者の有罪が確定しました」

競馬場に押し寄せるパトカー。連行されるフルケミ。唖然とする騎手たち。「童貞だって信じてたのに」と泣き崩れる霧雨魔理沙。

失格となったフルケミを、二頭の馬が颯爽と追い抜いていく。

《時は来た彼こそ真の支配者 彼の前にひざまずくのは敗者》

RADIO FISH「PERFECT HUMAN」。

《もっていけ! 最後に笑っちゃうのはあたしのはず》

そして、「もってけ! セーラーふく」のうますけ。

《民ども崇める準備はいいか?》

《やってみな! 新規に狙っちゃうのはあたしの挑戦》

《キングなら そう歴史くつがえす》

《人生まるっとケネンナーシ!》

一進一退の攻防の中、ラストの直線を駆け抜ける二頭。

騎手たちは手に汗握って見守る。

ゴールはもう目と鼻の先。

勝つのはどっちだ!?

いま、

二頭が、

ゴーーーーーール!!!

肉眼では完全に同時だ!

ビデオ判定の画面の前に我先にと集まる一同。

動画をゆっくりと再生する。

ゴールのタイミングは——

「同時!?」

なんと、ビデオ判定でも見分けがつかなかった。

「ということは、二頭同時優勝!!?」

会場は湧き、騎手同士はハイタッチして互いの健闘を称え合った。

「すげえな、こんなこともあるんだな!」

「奇跡としかいいようがないよ!」

歓声に包まれる中、一人の騎手が手を挙げた。

「待って! 動画の冒頭に、何か映ってる!」

再び画面の前に集まる一同。

「あ、ほんとだ……」

革命のフライングからわずか0.004秒後に、一頭の真っ黒い馬がゴールを通り抜けていく様子が記録されていた。

「これは、一体……?」

「俺の馬だよ」

戸惑う騎手たちの目線が、声の主に集まる。

「どうやら、速すぎて参加してることにすら気付かれなかったみたいだな」

その男の横には、真っ黒い馬が佇んでいた。唖然とする一同。

「俺が聴かせたのは、Jinmenusagi『はやい』。皆んなこれくらいのことはしてくると思ってたから、なんか拍子抜けだよ。行こうぜ、ダークホース」

その男は、真っ黒い馬と共に競馬場を後にした。

急展開すぎて、なんか冷めた感じになっちゃった一同。

「……じゃ、打ち上げいきましょうか」

彼らの居酒屋ちばチャンでのヤケ酒が、インスタからTwitterに拡散されてネットミームになるのは、また別のお話……。

※記事の内容は全てフィクションであり、実在の団体等とは一切関係ありません。

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