海

雪どけの春の日に


彼は、いつもニコニコ笑っていた。

時代も時代なら、田舎町の学校に、支援級はなかった。

だから彼は、一日の授業のうちのほとんどを保健室で過ごしていた。

だけど誰も彼のことを気持ち悪がったり、仲間はずれにしたりする者はいなかった。

田舎は、いろいろと遅れている部分があるかもしれないが、そういうところは遅れていてもいいと思った。

遅れているから「いじめ」がないのかといえば、そういうわけではない。

家族ぐるみ、学校ぐるみ、地域ぐるみで子育てをするような土地だったので、みんながみんなを思いやっていたのだ。

彼には特技があった。理科の授業だけはとびきり活き活きとしていた。

「顕微鏡の中には宇宙があるんだ…」

大きな眼鏡の奥で目を輝かせて、先生の白衣を着て、顕微鏡をのぞいたり、解剖したり、実験したりしていた。

「どんな生き物も自分の星を持って生まれてくるんだよ」

時折、授業は彼の弁舌で中断されることもあったが、先生の話よりもずっと面白かった。

先生は迷惑そうだった。

だけど女先生だけはいつも、彼にやさしかった。

中学3年になると、彼は受験の邪魔になるからと、理科の授業が受けられなくなった。

時々窓の外から覗いていたけど、暑さで倒れたり、しびれて目を回して病院に運ばれたりしたから、先生がつきっきりで監視するようになった。

理科の授業を覗けなくなった彼は、途端に元気がなくなっていった。

そして冬の間は学校に来なくなっていた。

もともと「持病」というものがあって、それが悪くなると、天気に左右されるのだという。

田舎の寒さは特に彼に厳しいらしく、春になったら彼の身体にやさしい地域に引っ越すのだと聞いた。

ある日、彼は恋をした。

相手は商店街の入り口にある女の子の銅像だった。なにかの童謡のモデルになった実在する女の子のものだった。

彼は時々、草花や生き物と話をしていたので、おかしいとは思わなかった。でも誰も本気で恋しているとは思っていなかった。

彼は、厳しい冬の日に、毎日彼女に花を届けた。

どこから摘んでくるのかわからなかったが、いつもきれいな花を手にもって、彼女のところに通った。

でも、膝の上に手を重ねていた彼女は、一度も花を受け取らなかった。

誰も何も言わなかった。

卒業式の3日前、ものすごい大雪が降った。雪深い田舎では、時々そういうことがある。

そして卒業式の日、彼は学校に来なかった。とても晴れた春のような日だったのに…。

泣きながら、お母さんが卒業証書を受け取っていた。

彼は、雪が降ってからも、きれいな花を持って彼女のもとに花を届けに行っていたらしい。

不思議なことに、膝の上に手を重ねていた女の子の銅像は、その日から花を持てるようになっていた。







いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです