「あこがれ」を自分のものに
あれは確か、小学校4年生のお楽しみ会でのことだった・・・・
お楽しみ会…とは、学期末などの土曜日だったか、給食のない日だったと思う。とにかく授業が午前中で終わる早い日のスペシャルな催しだった
詳しいことは忘れてしまったが、とにかくその日は普段は絶対にありえない学校にお菓子を持って行き、ちょっとしたお茶会のようなことをするのだ
我が子の時は…多分そういう催しはなされなかったように思う
昭和のゆるい時代の、いい思い出だ
年に1、2回程度だっただろうか?
2年生の時は、3学期だけ先生が女性だったこともあり「バレンタイン」のチョコ交換会みたいなものもやった。くじ引きで当たった男女がチョコを交換する…そんな感じだったと思うけれど、当時「バレンタイン」なんて知らなかったわたしには「なんでチョコレートしか持って行っちゃダメなんだろう?」って思ったかもしれない
ともかく「お楽しみ会」だ
その日は先生が校長先生とかに許可を貰うか、申請を出すんだろうね…遠足のように、決められた額のお菓子を持っていき、クラスでわいわいするのだ
時にラジカセなんかも持ち込んで、音楽を流しながら~なんてこともあった
思い出すのは4年生の「お楽しみ会」
お楽しみ会は、給食の時のように、班ごとに机を寄せてそれぞれのお菓子を広げて楽しむのだが、それだけではない。ちょっとした出し物もある
班ごとに劇や歌、クイズやかくし芸のようなことをするのだ
ある班は「紙芝居」を披露した。お題は『プリンの塩加減』
衝撃だった。その班には絵の上手な女子がいて、それはそれは素敵な紙芝居だったのだ。だからこそ、その話が忘れられない
わたしが読み聞かせをするとき、いつもそれを思い出す。いつか自分でもあの紙芝居がつくれたら…と思っていた
わたしには珍しくタイトルを忘れていなかったことが幸いだったが、大人になって紙芝居を探しても、見つからなかった・・・・ということは、自作なのだろうか?とも思い、諦めていた
だが最近またその紙芝居のことを思い出し、もしかしたら絵本なのかもしれない…と思って、検索してみた。するとそれは「アメリカの昔ばなし」だということが解った。でも、本は見つからなかった
本はないが、話の内容は検索できた ↓ ↓ ↓
本がなければ語ればいい。わたしはそう思い、ある朝の読み聞かせでそれを披露することにした。だが、そのまま披露したわけではない。今風にアレンジしたのだ
プリンの上手なお母さんには3人の娘がいる。彼女たちはそれぞれパーティーに身に着けるための服や靴、リボンを作ったり探したりしていた。だが、現代の日常生活の中にパーティーはない。だからわたしは現代風に・・・・
真面目な長女は部屋で勉強中、奔放な次女は部屋でガンガンに音楽を聴いていて、自由な三女は携帯で電話中というエピソードを作った
そしてその日はクリスマス…とい設定にした
「語り」をするとき、本当は「抑揚をつけてはならない」という約束事があるのだが、そんなのわたしの読み聞かせの辞書にはない。なので、長女の話をするときは眼鏡を直しながら真面目な顔をして見せ、次女の話をするときにはヘッドバット、三女の話をするときには馬鹿笑いをして見せた
加えてわたしは、それらを説明するとき、生徒に話しかけ「長女はなにしてた?」「次女は?」「三女は?」と、参加型の語りにしたところ、これが意外にウケた
語りでも行けるじゃん(^^♪
わたしは手ごたえを感じた。だからたぶん、またどこかのクラスで披露すると思う。もっと確かなものにして
でもそうなるとますます、あの紙芝居が欲しいと思うのだ
自分で作るしかないのかなぁ…とも思うのだが、まだまだその気が起きないのである
いつもお読みいただきありがとうございます とにかく今は、やり遂げることを目標にしています ご意見、ご感想などいただけましたら幸いです