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Fake,Face 3

 何とその人はあの物理学者、アインシュタインだった。
 「そんなばかな」
 ヨシオは思わず独り言をつぶやいて、テレビに見入った。
 画面はナチスドイツのポーランド侵攻の記録や、当時のヨーロッパ地図、戦火から避難する人々などに目まぐるしく入れ替わったが、たびたび映るヒトラーは、間違いなくアインシュタインの顔をしていた。
 リモコンを取ってヨシオは音量を上げ、ナレーションに集中した。軍歌らしい男声合唱の背景音楽はドイツ風のビアホールを思い出させた。抑揚のないアナウンサーの声は「···ナチスドイツの指導者、アドルフ・ヒトラーは···」と聞き取れた。「独裁者アルベルト・アインシュタインは···」との語りではない。
 戸惑って考え込んだヨシオは「そうか、かもしれないぞ」と口の中でつぶやいた。
 「ひょっとして、これは一種の手の込んだパロディ映画ではないか?」
 そう思い直しリモコンのボタンで番組情報を画面に出した。だが、映画とかエンタメ番組ではなく、イギリスBBC制作のドキュメンタリーだった。

 焦ったヨシオは新聞を探した。朝刊はドアのポストに残っていた。眼鏡をかけテレビ番組欄を広げた。横組みの活字は、放送中の番組が記録映像を編集した内容であることを告げていた。近年発見された貴重なフィルムで構成されているという。
 ヒトラーのパロディー映画はチャップリン以来、何度も作られているものの、そのような類いのものではない。もしそうだとしても、趣味が悪すぎる。
 アインシュタインの理論は原子爆弾のヒントとなった。本人はナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命、当時のルーズベルト大統領に原爆開発を促す書簡を送ったことはよく知られている。この新兵器をドイツが連合国に先んじて手にすれば、ヒトラーは世界を支配する恐れがあった。
 しかし、広島・長崎への原爆投下に強い衝撃を受けたアインシュタインは、戦後、世界の平和運動をリードした。

シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!