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日英伊の次期戦闘機共同開発と防衛装備移転原則の緩和(後編)


前編はこちら

はじめに

前編の記事では、日英伊の次期戦闘機の共同開発の概要について解説した。今回の後編の記事では、今年3月26日の次期戦闘機の第三国への輸出の容認するという今回の政府による決定が一体どのような意味を持つのか、ということについて考察していく。

武器輸出三原則等による武器輸出の事実上の禁止

実は、以前の日本政府は、国際紛争などを助長することを回避するという「平和国家」としての基本理念に基づき、武器や装備品一般の輸出について長年かなり慎重な立場をとってきた(参考:防衛省HP)。
この以前の政府の基本姿勢を理解するためには、歴史を1970年代まで遡る必要がある。1967年4月21日、当時の佐藤栄作総理大臣は、衆議院決算委員会において、次のような答弁を行った。

戦争をしている国、あるいはまた共産国向けの場合、あるいは国連決議により武器等の輸出の禁止がされている国向けの場合、それとただいま国際紛争中の当事国またはそのおそれのある国向け、こういうのは輸出してはならない。

第55回国会 衆議院 決算委員会 第5号 昭和42年4月21日

つまり、佐藤栄作総理大臣は、①共産圏諸国向けの場合、②国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合、③国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合は武器の輸出を認めないということを表明したのである。いわゆる「武器輸出三原則」とされるものである。
これは、あくまで当時の通商産業省(現経済産業省)が所掌していた輸出貿易管理令の運用基準(武器輸出承認)についての質問に対する答弁であり、新たな政策を表明するものでもなければ、法的拘束力を持つものでもなかった。しかしながら、国会の場で総理大臣本人の口から説明されたということもあり、この方針は、政府全体の方針と位置付けられるようになったのである(冨田、2011年)。
そして、1976年2月27日には、三木武夫内閣が、衆議院予算委員会に「武器の輸出についての政府の統一見解」を提出し、三木武夫総理大臣自らが以下のように読み上げた。

一、政府の方針
「武器」の輸出については、平和国家としての我が国の立場から、それによって国際紛争等を助長することを回避するため、政府としては、従来から慎重に対処しており、今後とも、次の方針により処理するものとし、その輸出を促進することはしない。
(一) 三原則対象地域については、「武器」の輸出を認めない
(二) 三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする。
(三) 武器製造関連設備(輸出貿易管理令別表第一の第百九の項など)の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとする。
(中略)
これが武器輸出についての政府の統一見解であります。

第77回国会 衆議院 予算委員会 第18号 昭和51年2月27日、強調は筆者)

つまり、日本からの武器の輸出は「認めない」ないしは「慎む」ものとされることが政府の公式見解として表明されたのである。これら「武器輸出三原則」と「武器の輸出についての政府の統一見解」は併せて「武器輸出三原則等」と呼ばれ、日本国政府の武器輸出規制及び運用面の原則となった。これ以降、全ての武器輸出は長らく”事実上禁止”されることとなったのである。

武器輸出三原則から防衛装備移転三原則へ

2010年代に入ると、世界を取り巻く安全保障環境が次第に不安定になってきた。そこで、日本も自前で自国の防衛力を高めていくことが求められるようになったが、上述の「武器輸出三原則等」によって武器の輸出が事実上不可能であったゆえ、日本製の武器は生産量が制限され、また、量産できないために高価なものとなってしまっていた。さらに、装備品開発にかかる費用がかさみ、共同開発も増えたことから、主に国内の防衛産業界から輸出制限を緩和することを求める望むが上がるようになった。
こうした意見を受け、2014年4月1日、第2次安倍内閣は、武器輸出三原則に代わる新たな武器輸出の原則として、「防衛装備移転三原則」を発表した。その主な内容は以下の通りである。

  • 第一原則:移転を禁止する場合の明確化。①当該移転が日本国政府の締結した条約その他の国際約束に基づく義務に違反する場合、②当該移転が国連安保理の決議に基づく義務に違反する場合、③紛争当事国(武力攻撃が発生し、国際の平和及び安全を維持し又は回復するため、国連安保理がとっている措置の対象国)への移転となる場合は、防衛装備の海外移転を認めない。

  • 第二原則:移転を認め得る場合の限定並びに厳格審査及び情報公開。①平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合、②日本の安全保障に資する場合、等に限定し、透明性を確保しつつ、厳格審査を行う。

  • 第三原則:目的外使用及び第三国移転に係る適正管理の確保。原則として目的外使用及び第三国移転について日本国政府の事前同意を相手国政府に義務付けること。

すなわち、「武器輸出三原則等」では武器の輸出は一律で原則禁止されていた一方で、「防衛装備移転三原則」では明確な禁止ケースを明示した上で、装備品の輸出を個別の審査を通じて限定的に認めていく方針が示されたのである。

そして国際共同開発品の第三国輸出容認へ

とはいえ、防衛装備移転三原則の策定によって、全ての武器及び装備品の輸出が促進されたというわけではない。むしろ、政府は、引き続き「平和国家」としての基本理念を揺らがせることのないように、十分に注意しながら輸出管理を行っていると言える。というのも、無条件に武器輸出が審査を通じて認められるわけではなく、輸出が認められる武器及び装備品は基本的に、「防衛装備移転三原則の運用指針」という別文書に挙げられたものに限られているためである。
特に、国際共同開発品の国産共同開発・生産のパートナー国以外(以下、「第三国」)への輸出に関しては、2022年3月8日時点の「防衛装備移転三原則の運用指針」を詳細に見ると、当該項目についての記載がないことがわかる。すなわち、2022年時点でも、国際共同開発された次期戦闘機を含む国際共同開発品の第三国輸出は未だ認められていなかったのである。
しかしながら、日英伊の3カ国で開発する次期戦闘機については、第3国への輸出が認められなければ、生産数を増やすことができず、結局製造にかかるコストが増大してしまう。これは、イギリス・イタリアにとっても不都合な話であり、ひいては開発に向けた3カ国の協議において日本が不利な立場に追いやられてしまうこととなる。
以上のような経緯から、今年3月26日、政府は、日英伊の3カ国によって共同開発された次期戦闘機に限っては、第三国に輸出することを認めることとしたのである。実際、その際に改定された「防衛装備移転三原則の運用指針」を見ると、「グローバル戦闘航空プログラム」、すなわち日英伊共同開発プログラムを通じた装備品(=戦闘機)については輸出を認める旨が追記されている。

結論

2010年代以前の日本は「平和国家」としてのアイデンティティに対する強いこだわりから、一切の武器輸出を実質的に禁止してきた。しかし、その風向きは、世界の安全保障環境の不安定化に伴って2010年代に変化した。そして、徐々に武器や装備品の輸出を認めていくことで、日本の防衛産業基盤の強化並びに国際的な安全保障パートナーシップの強化を画策しているのである。
そうした意味では、今回の政府の動きは「”平和主義政策”からの転換」(前編を参照)の一環とも取れる。しかしながら、繰り返しにはなるが、日本政府が防衛装備品に関する輸出政策を転換させているのは、あくまで国際安全保障環境の不安定化という外的要因によるところが大きく、表面的な動きのみを見て「平和主義から逸脱している」「軍国主義化している」「死の商人と化しつつある」と評価するのはやや早計なのかもしれない。とはいえ、慎重な意見を表明する各者が指摘する通り、第三国が日本から輸出された戦闘機を武力紛争の道具として利用するリスクはゼロではないし、ひいては日本が国際紛争などを助長してしまう未来もあり得るかもしれない。
「日本の防衛力強化」と「国際社会の平和維持」という、ともすれば相反しかねない2つの目標を同時に達成していくために、日本はどのようにバランスを取っていくのだろうか。今後も動きを注視していきたい。


参考資料

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