さよならだけが人生だって話

小学校の同級生。在学当時はそんなに深く太く仲が良かったわけではないが、卒業後も年に何度か何となく会うような。保護者なしで行けるようになったカラオケにふと行ったり、覚えたてのお酒をさも当然のように飲んだり、どうせ吹かすだけの煙草の火を2人で恐る恐る点けてみたり。

今の生活の基盤となっている事柄の黎明を共に歩んだ戦友、有り体に言えば腐れ縁の女子が、この4月から西の方へ引っ越すことになった。将来を約束したと言うパートナーと共に。

冗談半分で語っていた"送別会"が本当に開催されることになったのは3月の最終盤、彼女からの『一応挨拶くらいはしとこうかなって』という連絡からだった。

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小学校の同級生。小1で同級になって以来家族ぐるみの付き合いだった彼も卒業したのはもう12年前。高校から数えても6年が経過するわけだが、臥薪嘗胆の末に今年堂々医学部への切符を勝ち取り、遠方の地で夢に向かって歩き出すらしい。

近年は連絡を取っても1年に1度、邂逅に至ってはもう数年来なかったが、何となく少しずつ気にしていた彼の動向がようやく決まったとあって、祝賀会と銘打ってジョッキを酌み交わしに行こうという話をつけていた。

『今飲んでるから合流しよう、久々に顔見たい』と彼に突然の電話を入れたのは、送別会とは名ばかりに安居酒屋で猪口をぶつけ合った彼女がトイレに立った時だった。

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全員集合時の認識としては、俺と件の彼彼女を含めて同級が6人。それに加えて初対面が2人。

元々その日は、またねと久しぶりを攪拌して中和させるみたいな、そんな名目で執り行われた飲み会のつもりだった。
口には出さないが、初対面の2人に関しては挨拶もそこそこに、早めに用事を見つけて欲しかった。しかしそこは顔を赤らめた遊び盛り。橋の上にパンを撒く老人を見つけた鯉のごとく、全員で一目散にアルコールの元へと急いだ。

計8人、片端から片端へ働きかけるには絶妙な遠さの長机に俺らは腰かける。件の彼女が対角線に、件の彼が俺の隣に陣取る。俺と彼女の位置を考えると少なくとも複数の灰皿が必要なので、近場の数人とジョッキを酌み交わした後、店員を呼びつけた。

「すみません、灰皿何枚かもらっても良いですか」

「あ、うち4月に先んじて禁煙になったんすよね」

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「お前、煙草吸うんだな」

所定の喫煙スペースにて、慣れた手つきでライターを口元に充てる彼に言った。彼も俺が喫煙することを先ほど初めて知った様子だった。

「何か嬉しいな。お互い大人になった感じ」

完全に左脳はアルコールに支配されていたから、こんな反吐が出るような台詞も軽々しく受け入れられる。彼は満更でもないような笑みを浮かべながら、美味しそうに煙を味わって吐きこぼす。

「お前、明日引っ越すんだっけ?」

俺は彼に話しかけながら味のない煙を撒き出す。

「うん。最後の晩にみんなに会えてマジで嬉しい。楽しいよ今日、ありがとな」

それは良かった、俺も楽しいよ、そう返しながらほうった煙は灰色だった。ああ、いなくなるんだなとこの時初めて思った。彼より先に吸殻を押し入れ、スペースを後にする。

「頑張れよ。連絡するから」

***

「4月からほとんどどこもこうなっちゃうんでしょ、やんなっちゃうなぁ」

スペースに来るや否やそんな嘆き節を彼女はぶつけて、気怠そうにジッポを擦る。乾いた音が響く。

「何だか俺らドンドン狭くなってくな」

それを聴いた彼女はこちらを見ないまま少し笑って、勢い良く煙を吹き出した。そう苦ではない沈黙が流れる。

「馬鹿野郎。これ、挨拶」

もうそろそろ戻ろうかというタイミングで、落とすように彼女は言った。ふと見やると、彼女は相変わらず上方の壁を見ている。

「おう、知ってるよそんなこと」

俺は彼女の顔を見ながらそう返答した。こちらを見ないまま再び微笑んで、彼女は俺より先にスペースを出ていく。

「念の為言うけど、忘れないでね」

そう言いながらこちらを見た彼女の表情は、散らかした真っ白い煙に隠れた。

***

翌朝、楽しかった記憶と代償の頭痛を抱えて、旅路に出る彼に連絡を入れる。

『絶対会いに行くわ。元気でな』

彼女から連絡が届いたのはそれを送信した矢先だった。

『次会う時は結婚式かな。それまでお元気で』

彼からの返事は来ず、俺は彼女に返事を送らぬまま、何もなかったかのように朝飯を食べる。

多分会いには行かないし、結婚式には呼ばれない。

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