ひとを動かす傲慢さ

「人の意識や行動を変えて、健康になってもらおう」と言ったら正しく聞こえるけど、つまりは「人を操って思い通りに動かす」ってことでしょ、傲慢だなあ。

コミュニケーションデザインで、デザインやアートの力で、健康行動を促すって、人のためになればいいという傲慢さが気持ち悪いな。それで金を稼ごうなんてさらに気持ち悪いよ。課題を解決するからビジネスとしては成り立つのかもしれないけど、医療者としてそこに関わることは、良くないことかもしれないなあ。医療とコミュニケーションの研究をずいぶんとやってきたけど、一回やめた方が良いのかもしれないな。なんたって気持ち悪いんだから。

そんな話を明後日してみようと思う。対談のお相手は絵本作家のツペラツペラさんだ。みんなが楽しめる作品ばかり、大人もこどももみんな大好き、ツペラツペラ。制作する時にターゲットを決めてないんだって。だから、ターゲットに合わせたコミュニケーションを考えようと思ってない。しいて言えば、自分がターゲットで、自分が楽しめるかどうかが制作の源にあるという。そういうの気持ちがいい。

ツペラツペラさんが考える、結果の出し方や「このイベント成功!」の基準が気になる。納得するものを作って自分は楽しい、でも集客できなければ関わる人が楽しくない。「あなたがやりたいことをして、それに付き合っているんだから、制作費や人件費を払ってね」と言われたりしないんだろうか。私は言われたことがあるぞ。いやだったなー。悪徳業者に騙されて、お金だけたくさんはらったなー。昔のことだよーと、笑っちゃえるけどね。まあ、そんなに昔でもないんだけど。だから、契約書が必要なんだろうねえ。それがないってことは、そもそも悪徳なんだよねえ。

今日も、最後まで読んでいただきありがとうございます。あなたの作りたいものを作りましょう!あなたの資金で!そんなこと言われたら、一緒にはいられないよねえ。

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