見出し画像

しまでんわ

学生時代から早や50年が経っていた。

僕がこの島を訪れるのはこれで2回目だ。

学生最後の夏、僕はひとりでこの島に旅に来

た。その時分、僕はひとり旅といものを好んで

いた。なぜこの島を訪れることにしたかという

とその島には願いを叶える電話というものがあ

ると聞いたからだ。

僕はその電話があるところまで辿り着いた。

案の定、電話の前には行列ができていた。

長い待ち時間の中でひとりきりの僕にとって、

僕の前に並ぶ一家の会話が言い方が悪いが、暇

をつぶせるものだった。

僕は耳をゾウのように大きくして聞いた。

父親が娘さんにどんな願いをするのか聞いた。

「みんなでフロリダのディズニーランドに行きたい」

その年はちょうどフロリダにディズニーランド

ができたばかりで日本にはもちろんまだなかった。

「よし、じゃあみんなでディズニーランドに行

けることをお願いしよう」

と父親が言っていた。

一家の会話に僕は胸が暖かくなった。

そんな盗み聞き男の僕にもついに順番がきた。

電話の横には矍鑠とした老紳士が立っおり、

彼は言った、

「自分だけの合言葉を言ってそのあとで願いを

 ひとつ言いなさい。」

し ま で ん わ



僕は、この合言葉を言った後の記憶がない。

僕がどんな願い事をしたのか、そのあと島で

どう過ごしたか。全く覚えていないのだ。

もはやあれは夢だったのではないか。


あれから50年が経った。成功した僕は定年後、

腐るほどの金を旅に費やした。国内はもちろ

ん、全世界周遊した。そう。他にどこに行けと

いう。そんな想いで僕はこの島にやって来た。

そしてあの電話を目指して歩いた。

突如としてあの矍鑠とした老紳士が現れたの

だ。とっさに、僕は繋いでいた孫の手を妻に

預け、老紳士のもとへ駆け寄った。あの時と変

わらない彼を見て奇妙だとか思う余裕もなかっ

た。僕はただ知りたかった。

僕は50年前の夢か現実かわからない出来事を彼

に尋ねた。

「あの時の合言葉のあと、耳にあてなさい」

そう言って彼は僕に受話器を渡した。

し ま で ん わ

そう言ってすぐ僕は受話器を耳にあてた。



「いつか再び、次は家族を連れて、
 この島に戻って来れますように」

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?