管楽器の威力(引力)
僕は管楽器が一切演奏できません。小学生の頃にリコーダーで挫折してからこっち、息と指を使って演奏する楽器に対してめっぽう苦手意識が付いてしまいました。何年かに一回、ときどき当時のリコーダーを引っ張り出しては音をピョロピョロ鳴らしてみるんですが、苦手であることの確認作業になるばかりで、音楽っぽいものには昇華できる気配が全くありません。じゃあそんな無駄なオモチャ処分しろや!とは自分でも思うのですが、それが出来ないのは、演奏するのは死ぬほど苦手でも、僕がリコーダーを含めた管楽器の音は他のどの種類の楽器のそれよりも好きだからです。
弦楽器にこれだけ有り金突っ込んどいて何言ってるんだと思われるかもしれませんが、僕が音楽を聴いて感涙する時、曲の中のどの構成部品に耳を引っ張られているかというと、ほぼ第一に人間の歌声、その次に管楽器の音色であることがほとんどです。もちろんその他の楽器の演奏でも度を越して素晴らしいものに触れれば、背筋のあたりの毛穴が沸騰するような感動に震えたりしますが、先述の2要素については感動のハードルが一気に低くなる傾向があるようです。
たぶん定められたメロディに対して織り込まれる奏者固有の節回し(意識的か無意識かは関係なく)というか“におい”のようなものに脳が反応しているのだと思うんですが、そもそもこんな体になったのは間違いなく東京スカパラダイスオーケストラの影響です。十代のうちにこのバンドに出会えたのは自分の音楽体験のけっこう重大なターニングポイントだと考えていて、要は「歌がなくてもバンドってやっていいんだ」と気付かせてくれて(僕は非常に知能が低く頭の固いガキだったので、この気付きはまさしく頭を殴られたような衝撃でした)、現在まで楽器というか音楽をやるうえでの自分の意識の大きな土台になっています。楽器の音の出入り、抜き差しで曲の表情を形作るというのは今にしてみれば当たり前のような心構えですが、昔の自分が帰省先である長野から東京へ帰る車中のラジオで偶然聴いたスカパラと奥田民生の「美しく燃える森」に興味を持っていなかったら、今この心構えが胸中に存在してたかどうかは怪しいな…と思い返す度に背筋がひんやりします。ラジオをつけてた父さん母さんありがとう。
「美しく燃える森」はたぶん僕が初めて意識的に聴いた“曲中で歌と管楽器が完全に同格として存在している音楽”で、イントロの管楽器からサビの歌へと回収されていくメロディや、間奏とアウトロでソロを取るGAMOさんのソプラノサックス(この曲が持つ叙情感・寂寥感の半分ぐらいはこのソプラノサックスが担ってると言っても過言ではないでしょう)など、たぶん数千回は聴いた今でもメチャクチャかっこいいなこれ!と感動できる、日本のポップス史に残る名曲です。僕がこの曲のあまりに完成されたアンサンブルで約20年間感動し続けていることは10年前の自分でもうっすら予想できていたことです。しかし、それに似た感動をまさか自分のバンドが作った曲で味わうことになるとは、おそらく5年前ぐらいの自分に伝えても信じていなかったでしょう。
先日発売された学園祭学園のアルバム「ユートピアだより」に収録され、さらにはその前にシングルとしてカットリリースされた「ラブロマ」のサウンドが完成したとき、あろうことか自分たちの音源を耳にして震えるほどの感動を覚えてしまったのです。ご存じの通り、この楽曲には声優・歌手として活躍されている駒形友梨さんがコーラス(というかほぼ青木君とのツインボーカル)として参加してくださっています。駒形さんが表情を付けてくれたボーカルだけでも曲にとっては大変な幸運なのですが、この曲には更に、管楽器チームとして高井天音さん(トロンボーン)、吉澤達彦さん(トランペット)、米田裕也さん(テナーサックス)の三名の奏者が参加してくださいました。「ラブロマ」自体は男女2名の歌声が柱となる折り目正しいポップスを意識して制作され、イントロからABメロ、サビと連なる一連の楽器アンサンブルも、管楽器チームの絶妙なフレーズの抜き差しによって、歌モノとしての働きを十全に補強するナイスなバッキングとして機能してくれています。ところがそこから2番サビが終わった後、全楽器が入り乱れての間奏部分がポップスの枠をちょっとハミ出てるぐらいイカしたものになったのは、ひとえに管楽器の方々のタガをひとつ外した演奏のおかげだと僕は考えています(エンジニアの中山さんがミックス時に間奏で苦笑しながら「ここだけフュージョンじゃん」と仰ってくれた時には心の中で大ガッツポーズをしてました)。別の場所でも既に話しましたが、「ラブロマ」の全体的な管楽器パートは青木君と阿部君が口で歌ったイメージフレーズを高井さん率いるチームが汲み取って演奏してくださる形で構築されており、学園祭学園側からある程度提示した土台が存在していたのですが、この間奏部分に関しては高井さん側から「こんなフレーズってどうでしょう?」と逆にアイデアを持ち込んでいただき、それがあまりにも僕らの予想を超えて刺激的だったので聴いたその場で即採用したという経緯がありました。この管楽器の熱演に引っ張られるように(実は録音の順序は前後しますが)、間奏では駒形さんのボーカルも青木君とせめぎ合うようなハイトーンまで攻め上がってきてくれて、阿部君と栗田君は蛮族みたいに自分の楽器をボコスカぶん殴ってるし、僕は慣れない16分フレーズでイキり散らかすし、冷静に演奏してるのは小松さんのギターだけという、一見それぞれが自分の役割を忘れてメチャクチャやってるようでいて、その実トータルでは秩序立ったお祭り騒ぎが成立しており、我が事ながら上手いこといきすぎてて笑ってしまいます(個人的にスター・ウォーズEP6におけるエンドア上空の第2デス・スター攻略戦みたいだな、と感じます)。
先述のスカパラでフロントマンを務める谷中敦さんがライブのMCでよく「礼儀を持って遠慮を捨てろ!」と叫んでいるのですが、「ラブロマ」の間奏に至る流れからはまさにそんな空気を感じられて、聴いてて頬が緩んでしまいます。過去の自分たち、なかなかよくやったと思います。制作が終われば他人事だ。上手い上手い。
ちなみに、高井さんと米田さんの2管は同じく「ユートピアだより」収録の「ももいろ」でもメチャクチャに素敵でメロウな演奏をしてくださってるので、アルバムを手に入れた方はそっちもお楽しみください。こちらのアンサンブルも素敵すぎてちょっと泣けます。あぁー管楽器っていいなぁ。ずっと好きだなぁ。