マガジンのカバー画像

入澤美時『考える人びと』(双葉社、2001)を読む

11
一線で活躍する専門家たちに博覧強記の編集者・入澤美時が鋭く切り込む。 インタビュー集を読んでいきます。
運営しているクリエイター

記事一覧

入澤美時『考えるひとびと』より ー網野善彦・豊かになって失われていくこと。

人生を変える、という言い方は大袈裟ですが、自分の考え方を根本的に変えるきっかけになった本があります。入澤美時『考える人びと この10人の激しさが、思想だ。』(双葉社、2001)です。 網野善彦、伊沢綋生、安藤邦廣、大西廣、加藤典洋、根深誠、森繁哉、芳村俊一、森山大道、吉本隆明のインタビュー集で、当時ありとあらゆる分野の一線にいた方々が集結しております。この本が出版されたのは2001年。私が21歳で、たしか池袋のリブロで見つけて購入したように思います。値段も2500円で、この

入澤美時『考えるひとびと』より ー吉本隆明・サンドイッチと大衆の原像

サービス残業帰り。夜中に、コンビニでサンドイッチとビールを買い、家に帰る。音楽を聴きながらそれをながしこみ、風呂の支度をする。だいたい私の日常です。私を構成するものはサンドイッチとビールだけだといっても過言ではないでしょう。食欲を満たすという行為が本質的に自分に果たされるのは、深夜のサンドイッチ・ビールだけのような気がするのです。そして夢想します。もしサンドイッチとビールがなかったら、と。もし、疫病下の中でも24時間開いているコンビニエンスストアが存在していなかったら、と。こ

入澤美時『考えるひとびと』より ー入澤美時「思想はいま、どこに宿るか」

本書の出版年は2001年9月30日。今からおよそ20年前です。当時、私はちょうど20歳で、おぼろげながら研究を仕事にできないかと考え始めた時期でした。今どんなことが人文学の分野で話題にされているんだろう、それに触れるために本書を購入したようにおもいます。網野善彦や大西廣、森山大道など、当時傾倒していた方々が載っているということも重要でした。しかし当時は、ここに書いてあることの半分も理解できていなかったようです。本書は当時の学会あるいは社会そのものに対して対抗的で、ラディカルな

入澤美時『考えるひとびと』より ー芳村俊一・実践と読書と研究と

陶芸家の芳村俊一は、陶芸の伝統を度外視した作品を多くつくります。ありとあらゆる石をあつめて研究し、砕き、その粉を胎(ボディ)にも釉薬にもします。それまで釉薬になりえないとされてきた素材でも釉薬たりえることを判明させました。たとえば水彩絵の具。 また芳村は作陶の一方、すさまじい量の読書をこなし、そこから得られた思想や哲学は、すべて陶芸の分野に還流させました。インタビューでもその博覧強記ぶりが披露され、読み手である私はそれに圧倒されました。これはインタビュアーも同じだったようで

入澤美時『考えるひとびと』より ー森山大道・新宿1968/10/21

大好きな写真家の一人、森山大道さんのインタビューです。 大好きなのはインタビュアーの入澤美時さんも同じのようで、全体を通じて実に楽しそう。事前に知識を仕入れて臨んだ付け焼き刃のインタビューではなく、入澤さん個人が森山の時代を生き、長い年月をかけて熟考したような鋭い質問が続きます。 入澤:突然伺いますが、1968年の10月21日、あのときは撮影はされていたんですよね? 森山:僕はあのときだけ、唯一撮ったんですよ、闘争の現場としての新宿を。僕はだいたい政治的なことで写真を撮

入澤美時『考えるひとびと』より ー森繁哉・身体の要求

「自分自身の身体のやみがたい何かに目覚めていくプロセス」から踊りを見出した森繁哉さんのインタビュー。ものすごく印象的な表現が散りばめられています。 彼は農村(具体的には山形県北部の大蔵村)に住まい、ここを拠点に舞踊活動を行っています。農村という世界から列島全体を、さらに越えて世界を見据えようとする活動は、鬼気迫る凄みを感じさせます。その活動の中、彼は自分の社会的位相を次のように定地します。 私はこう思っていたんですよ。小さいところに生き続けること。ここにいることが漂白であ

入澤美時『考えるひとびと』より ー根深誠・白神山地における”正義”

ひさしぶりの考えるひとびと。 自然思想家・根深誠。白神山地の開発反対運動に身を投じ、山に生き、自然に関して思索する人物です。国や自治体が推し進める開発運動に昂然と声をあげ、反対運動を組織し、開発の差し止めを行った人物としても知られています。 しかし、です。いざ守られた白神山地、その後の展開でユネスコの世界自然遺産にも選定・登録されていくが、”保護”という名目で人々をパージしていく保存運動には疑問を呈します。根深さんは、山を人々の生活の場と捉えるのです。材木資源を伐採し、販

入澤美時『考えるひとびと』より ー加藤典洋・”今の私”で考える意味

文芸批評を行う加藤典洋は、”私利私欲”という言葉をキーワードに、今の私の地平から物事を考え出すことの重要性を主張します。 私は、文章を読むときに色々書き込みをします。知らない言葉には、脇にその意味を書き込みます。共感できる部分には丸をつけ、最重要だと思ったところには二重丸をつけます。そして自分とは合わない違和感を覚えるところには三角をつけます。実は今日のこの文章は、三角が非常に多かった。例えば次のような部分。 インタビュアーの入澤は、加藤に戦後の日本が背負っている罪や解決

入澤美時『考えるひとびと』より ー大西廣・全てのイメージは等価

美術史家の大西廣の仕事は徹底しています。一つの問題をとことんまで追い詰め、深堀りし、いつしか極めて大きな構想と世界観を見せてくれるのです。そのため、連載などの場合では、ひとつのキーワードをめぐっていきつもどりつしながら考えるスタイルが見受けられます。前回号の結論が、新たな問題を呼びだし、それらが渾然一体となって新たな思考が重ねられるのです。考え続ける人、というのが私の大西廣のイメージです。 大西の美術をめぐる主張で特徴的なのは、”絵の居場所”という言葉に象徴されるように、本

入澤美時『考えるひとびと』より ー伊沢紘生・”競争の裏側の論理”

白山をフィールドに、ニホンザルの調査・研究を行った伊沢紘生のインタビュー。 サルは社会的な動物であり、グループを作って生活し、そのグループにはボスがいて、そのボスを補佐する役割のサルがいて、そんな有力なサルの周りには、たくさんのメスザルがいてハーレムを作って、のようなイメージがありました。人間ととても類似した組織を構築するのがサルであり、むしろそれはサルの知能の高さを示す一つの指標でもある、という漠然とした思い込みがありました。 しかし伊沢さんは、これとは全く異なるサルの

入澤美時『考えるひとびと』より ー安藤邦廣・思えばあたりまえのこと

建築史研究者の安藤邦廣は、現代建築家でもあります。彼の特徴は、板倉構法の住宅利用です。この工法は、板倉という文字通り、もともと正倉院校倉などで利用されてきたものです。木材の柱の側面に溝を彫り、その溝にそって横板を落としこむことでそのまま壁とします。木材を連結する仕口や継手といった伝統工法も取り入れ、古来あった方式を再評価しつつ、法定された建築基準も満たそうとするもの。 もう現代では完璧に認知され、実践例も増えているようですが、刊行当時はまだそれほどでもなかったのか、インタビ