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「トラウムヴェルト物語」第3話 護主の選択

「”目覚め人”の中に我々が待ち望んでいた印を持つ者がいて、その人はまた姿を消してしまった。そういう事なんだな。」

街の大半が見渡せる山中の中央庁的な建物中、元々シヨロの研究室だった部屋でヨシが簡潔にまとめるのを聴きながらヒカは頷いた。浜辺で迎えたユイという名の女性は集会所での説明まで他の”目覚め人”と一緒にいたが、その際に姿が消えてしまったのだ。

「そういうこと。戻りたいと念じて戻ったのか、本人が起きてこちらの意思に関係なく連れ戻されたのかは分からない。いずれにせよ、トラウムヴェルトへの来方を伝える前にいなくなってしまったよ。」

ヒカは実直だ。あの印を見たのは初めてだったが、その瞬間に印の意味する所が伝わってきた。ユイこそが護主不在の門の新しい護主となってくれる人だ。と同時に初めて会った気もしなかった。ひとまず初めて街に来た人たちへの説明に参加してもらっていたが、その途中で消えてしまったのである。ヨシは少し困った表情を浮かべたが、これについてはどうしようもないのは二人とも分かっていた。ヒカがヨシに尋ねた。

「ところでシヨロの後継ぎは順調?”守り手”はいつでもお前が戻ってくるのを待っているぜ。」

ヨシは質問内容を面白がっている表情を浮かべたが、ヒカが冗談で尋ねていないことを察すると真面目に答えた。

「今となっては隻腕だぜ。お前たちの足手まといにしかならないよ。後継としてやることが一杯だしな。いずれこの日が来るとは分かっていたけど、いざ来るとやっぱりショックだな。」

「そうだな。」

と、その時、麓の浜辺の集会所から狼煙が上がるのが見えた。

「呼び出されているようだから、ちょっと行ってくるよ。」

ヒカはヨシに声をかけると建物を飛び出して、浜辺へと向かう道を駆け出した。

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「だから、私は既に一回来てるって言っているでしょ。あっ、ヒカ!」

ユイは集会所に向かって小走りで向かってきているヒカに声をかけた。ヒカが驚いた表情を浮かべながら答える。

「ユイさん。どうやって戻ってきたのですか?」

「えっ、だって向こうに戻って、また寝てここに来たのだけど、なんで?」
「いや、偶然かもしれませんが、こんなに短い期間に方法も学ばずに戻ってきた人を見るのは初めてなので。」

「ふーん。ところで”さん”はなくていいわよ。ただのユイで。」

「。。。分かりました、ユイ。」

「あなた、これまで硬いって言われたことない?」

ヒカは一瞬むっとした表情を浮かべたが、ユイが冗談っぽく言っていることに気づき、青年らしさと少年らしさが感じられる笑顔になった。

「そうかもしれません、そうかもしれない。それはそうと、ユイに時間があるならぜひ会って欲しい人がいるのです、いるんだ。一緒に来てもらって良い?」

「いいわよ。」

一所懸命に言い方を直すヒカを面白そうに見つめながらユイが言った。

+++

「つい先日亡くなった師匠があなたが来るのをずっと待っていたのです。50年以上もの間。」

ユイはヨシの説明を聴きながら、なぜに自分?という気持ちが湧くのを止められなかった。この腕に浮き上がっている青い線が印だと言われてもピンと来ない。50年と言われても、この部屋にいる3人はまだその半分も生きていないだろう、せいぜい1/3ぐらいか。そんな思いを察してか、ヨシが続けた。

「察しの通り、私も以前の護主交代の儀式など携わっていないし、そもそも護主とこうして会って話すのも初めてです。ただ何かしら説明しないとお互いに意思疎通もできないかなと思って。」

ヨシの声はヒカと比べるとずっと落ち着きがある。そしてヒカに続いてヨシもどこか見覚えがある気がしてならない。どこかで以前に会っているのだろうか。

「追って評議会のメンバーが揃い次第、ユイを紹介します。細かなことはそれから。それまではヒカがトラウムヴェルトの街を案内しますよ。」

俺が?という表情を浮かべるヒカに向かってヨシが言った。

+++

「ところで、あのゆらゆらした影のようなヤツ、所々にいるよね。あれは何?」

「あれは”念”と言って、街の壁の向こうの集合的無意識(ウンべウステス)から流入してくるエネルギーのようなものかな。」

ヒカはユイと街の広場を歩きながら質問に答えて、そのまま説明を続けた。

「そのまま雲散したり、人に取り憑いて何かの思いや、インスピレーションの元となったりすると言われている。”念”によってはここと目覚めた時の現世との行き来を楽にしてくれる。ただ護主が一人欠けてから”邪念”も入ってくるようになって、僕はそれを狩っている。この街に来て以来、ずっと。」

「ふーん。それって狩らなくてはいけないものなの?」

「”邪念”は害をなすからね。取り憑かれた人が戻ってきたのを見たことないよ。」

「そうなんだ。ところで、他の皆はここで何をしているの?」

「お店をやったり、壁の修繕に携わったり人それぞれ。皆、何かしらの思いがあって街への路を往復しているから、きっと現世での活躍だけじゃ物足りないのかもね。」

「ヒカもその口?」

「こっちにも仲間がいるし、守り手の仕事も気に入っている。この世界は面白いしね。それに、」

ヒカが少し言いにくそうに口をつぐんだ。ユイは辛抱強く話が続くのを待った。

「壁の向こうがどうなっているのか知りたいんだ。一度、ヨシやヨシの師匠のシヨロ、自分の師匠のアツキと出たけど、その時はシヨロは亡くなってしまったし、ヨシは腕を失ってしまった。でもあの向こうには何か大きなものがあると思う。」

期せずして自分の思いを言語化したヒカは自分の言葉に少し戸惑った様子だった。そんな時、山中の中央庁から狼煙が上がるのが見えた。

「評議会のメンバーが揃ったみたいだ。行こうか。」

ヒカはユイに声をかけると、散策コース的な街案内から気持ちを切り替えて、改めて山の途中に向かって歩き出した。

+++

中央庁の建物が遠目に見えてきた辺りでヒカは寒気を感じた。すかさず片手をあげて隣のユイを制する。

「待って、何かいる。」

「この寒気の原因?」

「そう。」

中央庁へと向かう坂道は山の中を行く路で森林に囲まれ、周りには人の家は少ない。寒気の元は森の中から感じる。”邪念”がこちらを見張っているのだろう。数は単体か、複数か。腰の剣を抜くべきか、背中の弓矢を手にするべきか、どちらにも手をかけられる状態で辺り一帯を見まわした。

すると茂みの足元から煙状の複数の蛇のようなものが飛び出してきた。ヒカはすかさずユイが背後になるように回り込み、剣を抜くと斬りつけた。斬り飛ばされた頭のようなものは雲散すると共に残った部分がゼリーのようにまとまって掌のような形を取るかと思うと、ヒカとユイに向かってくる。それはヒカの次の斬撃をかわすと、そのまま二人を囲み出した。

と”邪念”の煙の向こうから仲間の”守り手”の声がした。

「今、穴を開ける!動くな!」

ヒカはすかさずユイに覆い被さるように地面に伏せた。頭上を長い槍が貫き、煙をかきまぜるように上に向かって振り上がった。”邪念”が切り裂かれ、ヒカとユイの周りから離れると同時にまたまとまり始めた。他の”守り手”がすかさず目にも止まらない速さで弓矢を”邪念”に向かって放つが、弓矢は突き刺さっても何の効果ももたらしていないようだった。また”邪念”が一つにまとまるとヒカとユイに向かってきた。ユイが声をあげた。

「来ないでよ!」

ユイの両腕に青い線が浮かび上がり、声以上のエネルギーが”邪念”に当たったような衝撃があった。その瞬間、”邪念”を覆っていた煙幕が透明性を増し、その中に本体のようなものが見えた。そこへ向かってヒカの弓矢と仲間の弓矢が瞬時に突き刺さる。今度は明らかに手応えがあり、”邪念”から強烈な怒りのエネルギーが伝わってくると共に霧が晴れるように”邪念”は消え去った。

「ユイ、すごいな。それが護主の力なのか?」

「分からない、そもそもなんでこんな痣みたいに変な線が浮き上がってくるのよ。」

ヒカの声に対するユイの返答は誰に対する訳でもない怒りが感じられた。

+++

「この話、受けなくてもいい?」

ユイの発言をきっかけにヒカ、ヨシ、アツキの4人は評議会の部屋に向かう廊下の途中で足を止めた。

「この街が護主を待っていて私がその印を持っているというのは分かったのだけど、あまりその役回りに興味が湧かないのよね。」

呆然とした表情のヒカ、想定外の展開に戸惑うヨシ、そして展開を面白がるアツキ。ヨシが口を開いた。

「いや興味の有無と言うより、、、トラウムヴェルトの存続に関わる話なんだけど。」

「でも50年以上、この街は存続しているのでしょ。いなくても何とかなってきていたのじゃないの?」

言葉を失うヨシ。アツキは笑いを隠しもせず、若者たちの話の行方を見守っている。

「大体、個人の選択権の自由はどうなっているの?」

「考えたこともなかったなぁー」

ユイの言葉に思わずヒカの本音がもれる。それから続けた。

「評議会の話を聞いてから決めるのでも良くない?」

「そうかしら?そもそも議題は何だっけ?この街の歴史はヨシが説明してくれたけど。」

ユイは残りの3人を見回すと、改めて決心を固めた表情で続けた。

「決めた、私、元の世界に戻るわ。」

「えぇぇっ!」

ヒカとヨシの両名から同じタイミングで驚きの声があがる。アツキも思わず目を見開いた。そうこうする間にもユイの身体は朧げになり、そのまま廊下から消え去った。呆然とするヒカとヨシに、年上らしいゆとりを持ってアツキが言った。

「ひとまず評議会に報告だな。面白くなってきた。」

アツキに後を追いかけるようにヒカとヨシがついていった。

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