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一枚の自分史:風とともに



書店では、「20世紀のシネマ館」という雑誌のデモンストレーションでCDの音楽がBGMとして流されていた。
「風と共に去りぬ」のタラのテーマが立ち読みタイムに流れてくる。
「タタンタタタタタ~♪」
高校時代に先輩から誘われて出かけた思い出の映画が蘇った。
 
美術部の文化祭での出し物の似顔絵コーナーで、自信たっぷりでちょっと軟派な男子学生を相手に似顔絵を描いた。
普通は描くほうが被写体を見詰めるものだけど、まるで反対で、描いている間中あんまりじーっと見詰められるものだから、すっかりのぼせあがって、ますます似ていない。焦って描けば余計似ていなくなた。恥ずかしくて逃げ出していた。
 
その後も、出逢う度に、「あの似顔絵は似てへんなー!」とからかってくる。聞けば、1年先輩のラグビー部のキャプテンで女子人気抜群とか、いつも自信たっぷりで、親しげに話し掛け、正面からじっと見詰めてくる。元々、人の顔を正面からじっと見る人だったらしい、、あんまりドキドキするので、姿を見るとスタコラ逃げ出すようになっていた。
 
それでも、そのうち、市立の図書館に出かけ、一緒に勉強するようになっていた。相変わらずじーっと見詰められて、そういう人だったのだが、タジタジするばっかりの私だった。
 
先輩は明らかにそれを面白がっていた。
君がスケッチをしている横で僕は昼寝をするんだ、それが僕の夢という詩の手紙。今度の日曜に奈良に行こうと誘われた。親に話したら、
「男と二人っきりで出かけるなんてのは不良娘だ」
と言われた。きっとそう言われると思っていた。
「親がうるさいので行けません」
と、断わってしまった。行きたいけれど怖かったのだ。
きっと嫌われたと思ったことだろう。その後は誘われなくなった。
 
そのうち、先輩は受験の真只中に入った。逢えないか、逢えないかと思うほど、同じ学校の中でもなかなか逢えない。
ばったり出会ったときのまっすぐに届けられた眼差し、どれだけ時が経っても鮮やかに覚えている。忘れていたその眼差しがタラのテーマで、突然蘇ってきた。
 
そんな日々にあって、今度は映画に行こうと誘われた。そりゃ嬉しかった。もう、親の了解は得たりしない。
二人とも制服だったから、たぶん考査が終った日だったのか、お昼から授業のない日だったのだろう。逢って、すぐに映画に行った。相変わらず、話もできず、目も合わせず、想いが募った分だけ余計ドキドキするばかり。
 
「風と共に去りぬ」は大作中の大作だった。二人ともその内容にすっかり圧倒されてしまって、終ったあとも互いに感動のあまり声も出せずにいた。言葉も交わさずに、そのまま「さよなら」と、別れて帰ってきてしまった。
その後は、先輩は受験勉強。邪魔してはいけないとこちらから連絡することはなかった。
 
先輩は受験に失敗して、浪人生活に突入した。
ますます、勉強の邪魔になるからと思うし、自分も受験生の身となっていたこともあり、こちらからは連絡することはなかった。
時々架かってくる電話でお互い受験生同士の会話をするだけだった。
 
「いつも僕からばかりだね、だけど、どれだけ励みになっているかしれない。」
 といった直球が飛んでくると、いつもかわしてしまった。
 
電話の架かってくることもなくなった頃、私学の合格発表が大阪新聞紙上に掲載された。先輩の名前があり、その下に私の名前が並んで載っていた。
その時だけは、二人のために世界はあると確信した。初めて、勇気を振り絞って先輩に電話を架けた。
「見たよ!おめでとう!初めて電話をくれたね、ありがとう!」
先輩の本命はこれからの国立二期校だということだった。がんばって欲しいけれど落ちたら、また一緒に学生生活ができると思うと複雑だった。
 
先輩は四国の国立大学に合格して文通が始まった。
一生分のラブレターを書き尽くした。たくさんの詩が瀬戸内海を渡ってきた。
桂浜でほほ笑む写真が同封されて、いつ高知に遊びに来るのか問われた。
 
お互いに大学生になった私たちは、それぞれに違った空間を生き始めていた。
少しづつ手紙が疎遠になり、その次の夏、帰省している先輩にはお互いの友人と歩いているところをばったりと出会った。
「あれ、こんにちは!帰っていたのですね」
「うん」
それが最後になった。
あれ、なぜ連絡をくれないのだろう。私の身辺はその頃も相変わらず慌しく賑やかだったので、余り気にはならないままに過ぎていった。
 
お別れが決定したのは初冬だった。
美術部のOBの集まりがあり、ラグビー部のマネージャーもしていた後輩からいきなり先輩と付き合っていると謝られた。彼女は、すでに社会人で、毎月四国に通っているんだと聞かされた。
それで手紙が来なくなったんだとやっとわかった。
 
先輩の中では終っていたんだ。
桂浜での写真はこちらを見て笑っているけど、もう真っすぐには見てもらえない。遠い人になっていた。
 
でも、私の中ではなかなか終らなかった。
失恋した時にはじめて、本当の恋愛が始まるものだと知った。その喪失感に翻弄される日々だった。もう、心から笑える日は来ないとさえ思えた。あんなに切ない想いが怖くて、二度目の恋はいつまでもできなかった。あれほどにまっすぐに見詰める人にはあれからは会えなかった。
 
後日談だが、奇しくも私の弟が、母校の教師となった先輩の教え子になっていることが発覚して、私の弟だと名乗ると、驚いたことだろう。
「かわいい人だった。僕は夢中だったけど、彼女はそれほどには思っていなかった」
 と聞いて、そう思わせてしまったことを悔やむしかなかった。
 
タラのテーマを聴くと、今もソワソワしてしまう。タラのテーマは、ヒロインが力強く立ち上がる最後の名場面に流れる。明日は明日の風が吹く~。あの風と共に去ったのは私の恋だった。私にもこのテーマは永遠のテーマとなってしまった。
 
BGMも他の曲になって書店を出ると、映画館のあったこの町はまさに赤々と陽が落ちるところだった。


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