見出し画像

LGBTを読みとくための「ツール」

(紹介書籍) 森山至貴(2017) 『LGBTを読みとく ─クィア・スタディーズ入門』ちくま新書.

 「あなたはセクシャルマイノリティに対する偏見がありますか?」こう質問されると、ほとんどの人は、「偏見はありません。」と答えるだろう。しかし、本書の表紙には、「セクシャルマイノリティを見下す心が見え隠れする人がよく使う枕詞は『私はセクシャルマイノリティに対する偏見を持っていませんが……』です。」と書かれている。つまり、セクシャルマイノリティを無意識に傷つけてしまわないために、「偏見がない」という良心ではなく、正しい知識が必要なのである。
 本書の著者、森山至貴は、早稲田大学文学学術院准教授で、著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』などがある。
 第一章では、多様な性について知ることの必要性、また、それを捉えるためにクィア・スタディーズが有効であることを説明している。第二章では、「LGBT」が何を、誰を指しているのかを、多様な性のあり方についての誤解を解いていきながら説明している。第三章では、レズビアン、ゲイの歴史を紹介している。同性愛に向けられてきた否定的なイメージをめぐるさまざまなやりとりや、当事者の長い苦闘によって、同性愛を病理とするようなさまざまな誤解が解かれ、その概念が整理されていく過程を追体験することにより、第二章で学んだ知識がさらに補強される。第四章では、(広義の)トランスジェンダーの歴史を紹介しながら、それには、トランスヴェスタイト、トランスセクシュアル、(狭義の)トランスジェンダーという3つの分類があることを説明し、(広義の)トランスジェンダーと混同されがちな同性愛との違いを説明している。例として、トランスヴェスタイトは異性装をするが、同性愛は必ずしも異性装をするわけではないという違いがある。第五章では、クィア・スタディーズという学問の誕生の歴史を説明し、クィア・スタディーズの視座を紹介している。第六章では、クィア・スタディーズが生み出した五つの基本概念、クィア・スタディーズが現在取り組んでいる問題を明らかにしている。第七章では、第五章、第六章で学んだクィア・スタディーズを日本社会に当てはめて読み解いている。第八章では、前章までのまとめ、その先の実践に備え知識を深めるためのコツを紹介している。
 本書の見どころは、第七章のクィア・スタディーズを日本社会に当てはめてさまざまな問題を検討しているところであると私は考える。この章では、同性婚、結婚の必要性、パートナーシップ制度の意義などをクィア・スタディーズの視座を用いて検討している。いわば、クィア・スタディーズの知見の応用可能性を提示している。
 クィア・スタディーズで様々な物事を見てみると、パートナーシップ制度の登録費用や性同一性障害の当事者の治療費などのセクシュアルマイノリティの経済的問題、また、就労に関してゲイの当事者はゲイであることを隠して職場に適応することができる可能性があるが、トランスジェンダーは、バレてしまいやすいということから起きる収入の格差など、今まで見えてこなかった問題が見えてくる。クィア・スタディーズはそれぞれの人が今いる場所から人間社会を新たな仕方で捉えるための道具である。本書は、多様な性についての理解を深めることができ、クィア・スタディーズの基礎知識を手に入れることができる一冊である。(I.K)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?