習作戯曲:「彼方で『笑え』」
4年前に書いた習作を、今回は手を入れずに掲載します。
3時間くらいで一発勝負で書いた…と記憶してます。
よろしければ。
人物
コウノ
タシロ
場面:都心の雑居ビルの屋上。
夜。
空に星が見えないのだから、曇っているのだろう。
コウノ・タシロ、ともにスーツを着たサラリーマン風情。
タシロの方が若干年下に見える。
コウノ、一人で缶コーヒーを飲んでいる。
そこへコンビニの袋を持ったタシロが入ってくる。
タシロ:コウノさん、買ってきましたよ。
コウノ:タシロさぁ。
タシロ:なんすか。
コウノ:おせーよ。たかがコンビニに何分かかってんだ。残業終わらねーぞ。
タシロ:スミマセン。
と、いいつつ、タシロはコンビニの袋の中を出す。
コウノ:…タシロさぁ。
タシロ:(コンビニの袋から視線を外さず)はい?
コウノ:前々から気になってたんだけどさぁ。
タシロ:コウノさん、おにぎり、梅とツナマヨで良かったんですよね。
コウノ:ああ、ありがと。
タシロ:それとアメリカン・スピリットのメンソール。
コウノ:あのさ、タシロ…。
タシロ:なかなかこの辺のコンビニ置いてないんですよね、アメスピ。
コウノ:(興味無さそうに)そう。
タシロ:でも、あそこのファミマの裏にタバコ屋あったんですね。
コウノ:あのさ、タシロ。
タシロ:はい?
コウノ:俺、何回もお前の名前呼んでるよね。
タシロ:はい。
コウノ:なんで俺の話きかないの?
タシロ:え、そんな事ないですよ。
コウノ:あるから言ってんじゃねーかよ。
タシロ:スミマセン。
コウノ:それだよ。
タシロ:はい?
コウノ:お前の言う「スミマセン」は、腹立つんだよ。
タシロ:はい?
コウノ:あのさ、ホントに心から思ってねーだろ、「スミマセン」って。
タシロ:そんな事ないですよ。
コウノ:いいや、あるね。お前の「スミマセン」はカタカナの「スミマセン」だよ。人を軽蔑してる時に出る「スミマセン」だ。
タシロ:そんな…。
コウノ:ま、お前が俺の事どー思おうと勝手だけどさ。一緒に残業やってんだからさ。そこらへんの線引きはきちんとしようぜ。
タシロ:…はい。
コウノ:ホントにわかってんのか?
タシロ:わかってますよ…。
コウノ:じゃ、最初からちゃんとしてくれよ。別に俺はいちゃもんつけたい訳じゃねーの。
タシロ:…はい。
コウノ:そりゃよ、お前から見たら、ダメな先輩かもしれないけどさ。仕事上では一応の区切りをつけなきゃだめだ、ってことだよ。
タシロ:ダメ、だなんて…。
コウノ:いいんだよ、そこは食いつかなくて。…お前と話してるとイライラしてくんだよ。
タシロ:…はい。
コウノ:…おにぎりとタバコ、それと、コーヒー牛乳は?
タシロ:あ、それはこっちの袋に
コウノ:ありがと。
タシロ、コウノにおにぎりを2個とタバコ、紙パックのコーヒーを渡す。
タシロは自分の分らしい、サンドイッチとオレンジジュースを出す。
タシロは食べ物をぱくつきながら、コウノは煙草をくわえたままの会話。
タシロ:あの、コウノさん。リサちゃんの事なん(ですけど)…。
コウノ:タシロ、ライター持ってない?
タシロ:僕、タバコ吸わないんで。
コウノ:そっか。
タシロ:それに、タバコ吸うと、性格が悪くなるような気がして。
コウノ:なんだよ、それ。科学的根拠とかあんの? もしかして、俺に喧嘩売ってる?
タシロ:いや、でも、ただ、漠然と。
コウノ:なんだよ。
タシロ:スミマセン。
コウノ:だから、その「スミマセン」、やめろって。
タシロ:…スミマセン。
コウノ:…。
コウノ、あきらめたかのように、ふと空を見る。
次いで、タシロも空を見る。
タシロ:これ、ひと雨きますね。
コウノ:だなぁ。
タシロ:…リサちゃん、帰ってきますかね。
コウノ:その分の穴埋めで、お前と残業してんじゃねーかよ。
タシロ:…こっから飛び降りたんですよね、あの子。
コウノ:だから、大丈夫だって言ってんだよ。
タシロ:…良いんですかコウノさん、そんな軽口で。コウノさん、一緒にいたんでしょ、ここに。目の前で同僚が飛び降りて、なんともないんですか。
コウノ:…笑ってたんだよ、あいつ。
タシロ:え。
コウノ:笑って、そのまま、ポーンって。だから、大丈夫だよ。もとから「こっち」の人間じゃなかったんだよ。彼岸の、彼方の奴だったんだよ。
タシロ:…。
コウノ:俺は、あの境地には行けないし、理解も出来ない。でも、リサはわかってたんだよ。笑ってるあいつの顔見てたら、捨てられたのは俺なんだ、って、そう思った。だからよ、せめて、仕事の穴埋めして、あいつが笑って帰ってくるのを信じたいんだよ。
タシロ:…。
コウノ、空を見上げる。
コウノ:降ってきたな。
タシロ:仕事、戻りますか。
コウノ:…うん。
二人、屋上から出ていく。
雨音が強くなっていき…。
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