【短編戯曲】東京は雨降り【最終稿】

「東京は雨ふり」
作:ニイモトイチヒロ

登場人物
マサユキ
ユカ
カナコ
場所:東京ではない、どこかの海辺
時間:夏、夕方。

 波の音、大きく。
 砂浜。
 マサユキ、おいしくなさそうな表情でタバコを吸いつつ立っている。
その右隣りにユカ、視線を別にして、チュッパチャプスをくわえて座っている。
 ふと、マサユキ、ユカに目をやると、ユカ、片手で作った指ピストルを誰かに狙い定めて向けている
 そしてチュッパチャプスを外して、

ユカ:バーン!

 と、誰かを撃ち、チュッパチャプスを指先でもてあそんでいる。

マサユキ:何してんの。
ユカ:狙撃。
マサユキ:狙撃?
ユカ:狙撃。ヒ・ト・ゴ・ロ・シ。
マサユキ:おい……。
ユカ:(キメた口調で)アタシは殺し屋、そう、アタシの狙撃であそこの釣り人のお兄さんは……ああ、可哀相なことに……。
マサユキ:いい歳してバカ言ってんじゃないよ。
ユカ:ああ、アーメン。
マサユキ:バカ。
マサユキ、タバコをポケット灰皿で消してしまう。
ユカ:(気にせず、他の誰かに狙いを定めて)バーン!
マサユキ:やめろって。
ユカ:今度狙撃したのは、あそこの海の家のオバサンね。ああ、見るも無残に……。
マサユキ:(諦めて)やってろ。
ユカ:ああ、ナンマイダ。
マサユキ:(無視)
ユカ:(急に指ピストルをマサユキに向けて)バーン!
マサユキ:(思わずよけて)って、バカ。やめろって。
ユカ:(笑って)お兄ちゃんのそういうトコ、好き。

 ユカ、チュッパチャプスをくわえる。

マサユキ:(キョウコを小突いて)やめろっての。
ユカ:(チュッパチャプスを出して)危ないでしょ。
マサユキ:どうだか。
ユカ:(真似して)どうだか。ふふふ。(軽く)危ないよ~だ。……さすがに親子連れは狙えないな……。
マサユキ:何それ。
ユカ:ポリシーが許さない、アタシのポリシー。

 マサユキ、何か言いかけてやめる。
 ユカ、ふと、

ユカ:……お兄ちゃん。
マサユキ:何?
ユカ:アタシは認めないから。
マサユキ:(平然と)まだ言ってんのか。
ユカ:一方的に決めといて、その言い草はないでしょ。
マサユキ:俺が悪くなるのか?
ユカ:別にお兄ちゃんが結婚しようが引っ越そうが、いいよ、もう。そんなことでツベコベ言うような歳でもないし。悪い悪くないの問題じゃなくてさ。なんで、アタシを連れてく話になるの?
マサユキ:何回も説明してる(だろ)
ユカ:説明出来てないでしょ。
マサユキ:そうか?
ユカ:現に、少なくても、私は理解出来てません。
マサユキ:理解して下さい。
ユカ:無理です。
マサユキ:……その歳で、兄貴の付き添いが無いと電車に乗れない人は、おとなしく言うことを聞いて下さい。
ユカ:(ボソッと)別に、好きで電車に乗れない訳じゃない……よ。
マサユキ:……ゴメン。
ユカ:養ってもらってる身だし、自立のメドとかわかんないけど……嫌なものは嫌。
マサユキ:結論出ずじまい……か。
ユカ:堂々巡り……。同じところをぐーるぐる……。(いきなり)と見せかけて、(マサユキに)バーン!
マサユキ:(思わずよけて)アブネって……って、やめろっての。
ユカ:ふふふ。やっぱ、お兄ちゃんのそういうトコ、好き。(チュッパチャプスをなめる)

 ユカ、何も言わずに何かを(無意味に?)狙撃した。
 波の音、大きく。

 照明変化し、海際に停めてあるマホの車の中。
 座席に座っているマサユキ、運転席にカナコが座っている。
 カナコもチュッパチャプスをなめている。

マサユキ:あそこにいるの、妹な、ユカ。
カナコ:(チュッパチャプスを出して)何してんの、あれ?
マサユキ:狙撃。
カナコ:何それ。
マサユキ:何でもないよ。
カナコ:物騒。
マサユキ:そうでもないよ。……そうでもあるか。
カナコ:何それ。

 間。

カナコ:……ね、東京行き、まだ納得してないの?
マサユキ:……また狙撃中か。
カナコ:……マサユキが説得出来ないんだったら、誰が出来んのよ。
マサユキ:雨、降るかな。
カナコ:聞いてんの?
マサユキ:……まあ、な。
カナコ:優柔不断、やめて欲しいんですけど。妹さん、説得できるの、あなただけでしょ?
マサユキ:そうだけど。
カナコ:それとも死んだ親御さんでも呼ぶ気?
マサユキ:あのさ……
カナコ:どうなの?
マサユキ:あのさ。
カナコ:何?
マサユキ:カナコさ、時折口調キツくなるの、直せない?
カナコ:直せない。
マサユキ:ハッキリ言うなよ。
カナコ:直さない。
マサユキ:問題あるなぁ……。
カナコ:じゃあ、問題です。この状況をどうしたらいいのでしょうか。
マサユキ:どうすればいいのでしょうか?
カナコ:回答者はマサユキでしょうが。
マサユキ:……こりゃ、降るな、雨。
カナコ:答えなさいよ。
マサユキ:……こんな話するのにさ。
カナコ:何?
マサユキ:海ってセッティングおかしくない?
カナコ:おかしくない(断言)。
マサユキ:そうか?
カナコ:喫茶店やらなんやらで、湿っぽくこんな話するの、嫌だから。
マサユキ:だからって、海か?
カナコ:海よ。

 カナコ、チュッパチャプスをくわえる。
 照明、ゆっくり変化。
 波の音、大きく。
 砂浜で、マホとユカ、対面している。
 お互い、くわえていたチュッパチャプスを口から出す。

ユカ:(ボソッと)なんか感じワル……。
カナコ:ミカ…さん……だっけ?
ユカ:ユカです。
カナコ:ごめんなさい。
ユカ:別にいいですけど。兄は?
カナコ:先に行っててくれって……。まだ私の車の中じゃないかな。
ユカ:あそこの車ですよね……真赤な。
カナコ:ええ。
ユカ:……お兄ちゃん、逃げたな。
カナコ:逃げた……ね。
ユカ:昔から、そうです。
カナコ:逃げるの?
ユカ:はい。
カナコ:私との時もそう。
ユカ:やっぱり……。
カナコ:いつも肝心な時は……。
ユカ:いつもそう。すぐ逃げる。
カナコ:でも、東京行きは
ユカ:逃げずにすぐ決めましたね。……カナコさん、でしたっけ?
カナコ:はい。
ユカ:カナコさん、もしかして、上手いこと言ったつもりですか?
カナコ:別にそういう訳じゃ……。ユカさん。
ユカ:はい。
カナコ:とげとげしいの、やめません?
ユカ:別にそんなつもり……。
カナコ:私も口悪い方だから、わかります、とげとげしくなるの。
ユカ:はあ。
カナコ:でも、大人同士、ここは、ね。私だって、言いたいこと、押さえてるんですから。
ユカ:……ちょっともらしましたね。
カナコ:……一応の意思表示。
ユカ:お気持ちはありがたいですけど、東京行く気はありません。ハッキリ言っておきます、ここは。
カナコ:じゃ、どうするつもり? お兄さんに仕送りでもしてもらう気ですか? 自立できますか?ハッキリ出来ます?
ユカ:……まだ具体的には……。
カナコ:具体的には?
ユカ:具体的には……。
カナコ:じゃ、コレは具体的に答えて下さい。
ユカ: はあ。
カナコ:私のことが嫌いだから、東京に行きたくない。違いますか?
ユカ:……雨が。
カナコ:雨?
ユカ:雨が嫌いだから。
カナコ:え?
ユカ:「♪東京は雨ふり」(「東京」の一節)
カナコ:(「?」の表情)
ユカ:桑田佳祐。
カナコ:桑田佳祐?
ユカ:兄の好きな歌なんです。東京は雨ふり。
カナコ:それとこれと、どう……。
ユカ:アタシ、雨嫌いなんです。だから東京には行きたくない、それだけです。
カナコ:……。(空を見て)あ。
ユカ:雨。

 嫌な間。

カナコ:ユカさん。
ユカ:はい?
カナコ:私のこと、どう狙撃します?
ユカ:はい?
カナコ:狙撃、見てました。どう狙撃します?
ユカ:……。

 再び、嫌な間。
 ユカ、カナコに近づき、後ろに回り首を押さえると、スッと指ピストルをカナコのこめかみに当てる。

ユカ:こうしたまま、狙撃しないで帰ります、今日は。
カナコ:……。
ユカ:どうですか?
カナコ:……私でも、私でもこうすると思う。

 しばらく、そのままのシルエット

ユカ:(同時に)結局、お兄ちゃんは車から出てこなかった。
カナコ:(同時に)結局、マサユキは車から出てこなかった。

 大きく波の音。
 照明が変化して、カナコの車の中。
 しばらく無言続いて……。

マサユキ:まだやってるんだ。
カナコ:狙撃?
マサユキ:狙撃。
カナコ:怖い人ね。
マサユキ:ユカ?
カナコ:妹さん。
マサユキ:そうか?
マホ:そうよ、私は怖い。怖いわよ。

 言葉とは対照的に、カナコ、笑う。

マサユキ:俺はお前が怖い。
カナコ:怖い?
マサユキ:怖いよ。
カナコ:似たもの同志。
マサユキ:俺とユカ?
カナコ:私とユカさん。
マサユキ:怖い……か。
カナコ:(つぶやくように)「♪東京は雨ふり」
マサユキ:何?
カナコ:知らなかった、あなたがこの曲好きなの。
マサユキ:妹が言ったの?
カナコ:「♪東京は雨ふり」
マサユキ:……。
カナコ:(唐突に)やめる? 東京行き。
マサユキ:え。
カナコ:東京行き、やめるの。(からかうように)妹さん、喜ぶわよ。
マサユキ:俺のさ。
カナコ:何?
マサユキ:俺の気持ちはさ、どこ行っちゃうわけ?
カナコ:無いでしょ、最初から。
マサユキ:(ボソボソと)「♪東京は雨ふり」……。

 マサユキ、やがて黙り、目を強くつぶる。
 カナコ、チュッパチャプスをくわえ、しばらく考えて、マサユキのこめかみに指ピストルを当てる。

カナコ:問題です。私と妹さん、どちらを取りますか。
マサユキ:(目を開けて、向き直ろうとして)おい。
カナコ:(まるで本物のピストルを突きつけているように、冷静に)答えなきゃ、狙撃するよ。

 マサユキ、再び目を強くつぶる。
 波の音、大きく。
 照明、変化。
 砂浜。
 ユカとマサユキ、マサユキのさす大きな傘の中、二人背中を向け合って、違う方向を見ながら立っている。
 ユカ、くわえていたチュッパチャプスを出して、
ユカ:6人。
マサユキ:何?
ユカ:あ、お兄ちゃん2回狙撃したから、7人だ、今日。
マサユキ:バカ。
ユカ:(口調を真似て)バカ。ふふふ。
マサユキ:笑い事か?
ユカ:笑い事だよ。
マサユキ:狙撃がか?
ユカ:だってあたしはヒ・ト・ゴ・ロ・シ。殺し屋のアタシは……。
マサユキ:俺を2回、って殺せてないだろ
ユカ:(無視して)お兄ちゃんは、ひとり。あたしだけ。
マサユキ:何?
ユカ:狙撃の成功。あたしひとり。おめでとう。
マサユキ:……バカ。帰ろう。
ユカ:……もう少し。
マサユキ:ん?
ユカ:もう少しだけ、いさせて、海。
マサユキ:怖いのか、電車。
ユカ:ううん。お兄ちゃんが一緒なら大丈夫、だと思う。
マサユキ:大丈夫か?
ユカ:たぶん。
マサユキ:……やっぱり帰ろう、降り始めてるから。
ユカ:……嫌い。
マサユキ:電車? それともカナコのこと?
ユカ:雨、それと、東京。
マサユキ:……「♪東京は雨ふり」……。
ユカ:あ、忘れてた。
マサユキ:(キョウコに向いて)何?
ユカ:8人目。

 ユカ、チュッパチャプスをくわえ、ゆっくりと指ピストルを自分にむける。
 ユカ、覚悟したような顔で撃つ。
 乾いた銃声。
 照明、カットアウト。
 少しだけ、「東京」のイントロのピアノが聞こえたが、波の音がかき消した。

 おわり

【解題のようなもの】
このnoteに、同じ戯曲を載せるの3回目です。
少しずつ手を入れて、これでホントのホント、ラストです。
一番最初は共作で、カナコとマサユキの1回目の車内まで書いて、後半は別の人が書いたのだけど、共作部分を切って全編俺の手で書き直して何回も書き換えました。
これで決定稿にして、残しておこうと思って、今年の頭に書き直しました。
なんだかんだあったので、今頃の公開になってしまいました。
一番最初の時から役名も変えて、自分の思うままに書き直しました。
どなたか、朗読テキストにでも使ってもらえれば嬉しいです。

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