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「クソ喰らえ、クローン病!」第5話~スリランカのカレー、スーパーの寿司

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 クローン病の診断が下ったその日の帰り道、憔悴しきった俺は母親に付き添われながらタクシーで家へと運ばれる。大腸の内視鏡検査で地獄の苦しみを味わい、クローン病という最低の現実を突きつけられ、俺は完全に生きる気力を失っていた。まるで棺に入れられ、火葬場へと運ばれていく死骸とそんな悲壮な状況下で、瞼の裏側に痛烈に焼きついた光景、というか看板が2つあった。"スリランカカレー"と書かれたカレー屋の看板と、"1皿100円"を謳うくら寿司の看板だ。

 "スリランカカレー"という看板。この字は弱弱しく拙い筆致をしており、まだ日本語を学んでいる途中の人物が書いているようだった。カレー屋の店主がスリランカ人で、その人がこの字を書いたという予想は当たらずとも遠からずに思われる。黄色い地に拙い黒の文字が際立つ様には、何か微笑ましさをも抱いた。だがそのうち俺の心を包みこんだのは、クローン病と診断された今、こういうカレーのような刺激物はまず真っ先に食べられなくなるだろうという俯きがちの哀しみだった。
 正直に言えば、カレーは好きではない。子供はカレーが好きだという固定概念が少なくとも日本には存在するが、子供時代の俺には全く当て嵌まらなかったし、俺はそのまま大人に成長した。逆に母親はカレーが好きで夕食としていつでも作りたかったそうだが、例え作ったとしても俺が喜んで喰らうということはない。それが悲しくてカレーを作ることは殆どなくなったそうだ。彼女は軽くそんなことを言っていたが、この言葉が厭に印象に残っている。だからカレーのことを考えると母親への罪の意識ばかりが先立ち、苦い思いに晒される。思えば子供の頃から、俺は普通から逸脱するような人間だった。
 だが唯一好きなカレーがあった。給食で出てくるカレーだ。給食自体は偏食家である自分にとって無間地獄以外の何物でもなかった。ここでこそ食事という行為への嫌悪感を培ったのかもしれないとすら思える。だが給食のメニューでも3つだけ好きなものがあった。揚げパン、レバー、カレーだ。脂と糖分でベロベロの揚げパンを食べる時、何故か苦手な生徒が少なくないせいで彼らからもらった大量のレバーを貪る時、俺は些細な、健やかな幸福感を味わった。そしてあの給食で出されるカレー、これは家やレストランで見かけるカレーとは明らかに違っていた。まずあの色彩は何なのか。俺の肛門からはもう絶対に出ない、健康的なクソが纏う類の黄土色、その燻された鈍い輝きを忘れることができない。食べると凄まじく粉っぽく、細やかな辛味に複雑な粒子のうねりを感じた。俺は野菜全般が嫌いだったが、このカレーの中に入った人参やジャガイモは何故だか躊躇なく食べられたのだ。給食のカレーには他のカレーとは全く異なる奇妙な旨味が備わっている。最後に食べてから既に15年以上の歳月が経っていながら、未だにカレーといえばこれだ。折に触れて思いだす。この話は親の前でも何度かした。そのせいで母親は給食カレーに嫉妬しているように思われる。
 給食のカレーは好きだ、だが他のカレーは特に好きではない。そんな俺だが現金なことに"もう病気でカレーは食べられません"と通告されるや否や、カレーを食べたいという欲望に苛まれるようになった。殆ど食べたことはないが、例えばテレビや雑誌などでカレーに触れることは多々ある。豊穣な味のうねり、多様な辛さ、ルーと材料の兼ねあい、そういったものが俺の脳髄のなかに積み重なっていく。そしてこの蓄積された想像が今この瞬間に溢れだすのだ、痛みを伴いながら。
 そんな状態で事あるごとにあの"スリランカカレー"という言葉が浮かび、一体どんなものなのかと想像力が俺の意志に反して駆動する。スリランカ、カレー。映画批評家として様々な映画を観てきて、少ないながらスリランカ映画も何本か観てきた。現代のスリランカ映画を観るうえで避けられないのはスリランカ内戦だ。スリランカ政府とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)による26年間続いた内戦はスリランカに癒えない傷を齎した。スリランカの映画作家たちはこの傷について、それぞれのやり方で対峙し、無二の芸術作品を作ってきた。それに触れてきて今、スリランカと聞くとこの血腥い内戦のイメージがまず先立つ。そこで描かれた生存の壮絶さがカレーと結びつく時、それは激烈な辛さとして俺の舌の上に現れる。激しく、痛い。もし実際に食べたとしたなら、確実に大腸の炎症が悪化する類の辛さが想像され、それだけでもお腹が痛くなる。だが一方で実際にどんな味なのか確かめてみたい衝動にも駆られるのだ。スリランカカレーを食べてみたい。あの"スリランカカレー"という看板を掲げていたカレー屋へ実際に足を運び、スリランカカレーを心行くまで楽しみたい。だがもはやこれは非現実的なものに成り果てた。それならインターネットで味について検索するのもアリだろう、Twitterにはそういった感想の数々が腐るほど転がっている。だがそうすると、自分の口では満足いくまでスリランカカレーを味わうことは叶わないという厳然たる事実を味わわされることになるのが分かっている。もはや検索する勇気すら湧かない。それでも否応なしに想像力は駆動し"スリランカカレー"のイメージは増殖する。想像力は猛毒ですら有り得るのだ。

 "1皿100円"の回転寿司、俺は本当に大好きだ。小さな頃はかっぱ寿司によく行き、大人になってからははま寿司によく行った。毎回15皿から20皿は喰っていた。魚についても偏食は相変わらずで喰えないネタは頗る多かったが、脂まみれで艶めかしく輝くサーモンや、大葉の上に乗ったエンガワに塩をかけて喰らうというのは俺にとって無類の楽しみだった。金なし引きこもり生活においても何とか金を工面して、回転ずしを喰らいに行ったことは何度もある。日々の惨めさから解放される瞬間だった。今これを書きながら、寿司の味や感触が想いだされてならない。特にエンガワのコリコリした感触が、高熱交じりの悪夢さながら俺の口のなかに蟠る。舌を、歯茎を踏みしだくんだった。こうなると文章を書くという行為自体が自傷行為にすら思えるが、俺は書かなくちゃならない。
 寿司に関してはカレーよりも悲観する必要はない。クローン病患者にも定期的に回転ずしを喰らうという人物は多いし、その食事を大いに楽しんでいる。それでも寿司のネタを選ぶにも細心の注意を払う必要があることには変わらない。先に挙げたサーモンやエンガワは当然俺の大腸には歓迎されない。トロだって脂質が多いのだから、無邪気に貪るというのは不可能に近い。とにかく食べる自由はもう存在していないんだよ、悲しいが。
 クローン病診断直後、母親に昼食に何を食べるかと聞かれ、憔悴しながら病院隣接のローソンに行った。だが菓子パンやおにぎり、弁当やスパゲティに囲まれて、俺は一種の恐慌状態に陥った。何を食べていいのか分からない、いや何を食べれるのかが分からない。俺はパニックになって、泣きたくなって、しかしその気力もなく、母親に「いや、やっぱいい」と言ってから這いずるようにローソンから出た。生涯において最も惨めな敗走だった。
 そんな状態ではま寿司の"1皿100円"という看板を見て、抑えていた何かが俺のなかで爆裂を遂げた。痔瘻によるケツの痛みに耐えながら、何とか喉から声を絞りだして「寿司が食べたい」と母親に懇願した。家に帰ってから、彼女はすぐさま自転車で近くのスーパーに行き、寿司を買ってくれた。サーモンやイカ、トロなど様々なネタが入ったものと、鉄火巻きだけが入ったもの、2つも買ってきてくれた。そうして俺は寿司を喰らったんだった。空腹とはまた異なる飢えが、俺に寿司を凄まじい勢いで貪らせた。色々なネタが入った方も旨かった、だが何故だかその時の俺には鉄火巻きの方が泣けるほど旨く感じた。道端に放置され腐った赤ワインみたいな色味の、黒みがかったマグロ。それをワサビをつける暇もないまま醤油だけデロデロにつけて喰らった。トロも海苔も米も、無慈悲なまでに乾いているし冷たい、まるで日本人の心みたいにだ。だがその味が重く、殊更重く舌にのしかかる。この重さがあまりにも鮮烈だった。俺の人生の1つの終りのようだった。そして俺の人生の1つの始まりのようだった。スーパーで買ってきた冷や寿司に対して、大袈裟な表現か。俺は全くそうは思わない。もしこの時、母親が横にいなければ、俺は号泣していただろう。この鉄火巻きは俺にとって本当に一生忘れられない食事になった。時には痛みとして、時には絶望として、この先の人生で何度もこの光景は込みあげてくるだろう。それがいつか、人生の喜びとして思い出される時が来ることを願う。

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【済藤鉄腸のすぐに使わざるを得ないルーマニア語講座その5】
Îmi place carne. Îmi place sushi mai mult. Dar eu detest legume care mă fac să vomez. Așadar legume trebuie să fie anihilate de la toată lumea.
ウミ・プラチェ・カルネ。ウミ・プラチェ・スシ・マイ・ムルト。ダル・エウ・デテスト・レグメ・カレ・マ・ファク・サ・ヴォメズ。アシャダル・レグメ・トレブイエ・サ・フィエ・アニヒラテ・デ・ラ・トアタ・ルメア。

(肉が好きです。寿司はもっと好きです。だが野菜は嫌いだ、吐き気を催す。だから野菜はこの世から滅殺されなければなりません)

☆ワンポイント・アドバイス☆
ルーマニア語で"Îmi place~"が"私は~が好きです"という意味になるよ。ルーマニア語が分からずとも"ウミ・プラチェ"と適当な英単語を繋げて言えば、君はこれが好きなんだなとルーマニアの人も理解してくれるかもしれないよ。この文章は自分がいかに野菜が嫌いかをルーマニアの人に熱弁するために使おう。ルーマニアの人は野菜も肉も好きで大量に食べる、だから君の偏食ぶりも寛大に受け入れてくれるはずだ。それから野菜の場合、トマト1kgが100-200円とかいう日本では考えられないレベルなので、野菜好きには堪らないものがあるだろうね。肉料理もかなり豊富で、ルーマニアの食文化の豊穣さが垣間見えるぞ。ま、自分はクローン病のせいで殆ど食べられなくなっちゃったけどね……


私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。