サンドスタチン小話
「サンドスタチンは、ステロイドと混ざると含量が減ると聞いたことがあるが混ぜてもよいか?」
一つの薬剤について、背に腹はかえられぬ状況に陥り、詳しく調べる機会を得る。今回は、商品名サンドスタチン(オクトレオチド:ソマトスタチンアナログ製剤)について、最近知ったことをお伝えしたい。
問いに答えるため、ネットで検索してたまたまヒットした一つの文献と、元々持っていた参考書を元に、視野の狭い私見として述べること、この文章にそれらの資料から多々引用していることをご了承いただきたい。
(※ソマトスタチン…ホルモンの一種で、様々な作用の中の一つに消化管ホルモンの分泌を低下させる作用がある)
(※アナログ製剤…生体内で分泌されるホルモンと同じ作用をもちながら、薬物動態を改良した薬剤。この場合でいうと、ソマトスタチンと同じ作用を持つ、ソマトスタチンより簡潔な構造-8個のペプチド-オクタペプチド-であるオクトレチド)
サンドスタチンは、消化管分泌や蠕動運動を抑える薬理作用を持つことから、がん緩和医療においては消化管閉塞に伴う消化器症状の改善に使用されている。
また、本邦ではサンドスタチンは皮下注射のみの適応となっているが、諸外国では静脈注射でも使用されている。持続皮下注射ルートを設ける煩雑さや、浮腫など皮下注射が適用にならないなどを理由に、本邦でも実臨床では点滴静脈注射が行われることはままある。
文献によると、サンドスタチンと一部のステロイド製剤が側管
(点滴チューブにおけるルートの脇道のようなイメージ)
で混ざるとサンドスタチンの含量が低下する。商品名デカドロン、リンデロン、デキサートと側管で高濃度で混ざると低下するが、オルガドロンでは低下しない。
サンドスタチンが適用になるような消化管閉塞を有するがん患者では、経口での栄養補給が不十分となるため、静脈栄養剤
(TPN:total parenteral nutrition中心静脈栄養,PPN:peripheral parenteral nutrition末梢静脈栄養)
を使用する場合も多い。しかし、サンドスタチンのインタビューフォーム(製薬会社作成の詳しい資料)によると、サンドスタチンはTPN製剤とも配合変化を起こすことが知られている。
また、緩和ケアの他の資料によると、サンドスタチンを静脈から投与する時、生食(生理食塩水)250mLに溶解し単独ルートが勧められる、配合変化に注意しながら電解質輸液に混合する場合もある、TPNに混注する場合は含量が20%低下すると言われている。
これらのことをまとめるために知らなければならない物資がもう一つある。影武者でありながら周囲に多大な影響を及ぼす亜硫酸ナトリウムやピロ亜硫酸ナトリウムなどの「亜硫酸塩」。亜硫酸塩は、多くの注射剤に酸化防止剤として添加されている(注射剤添加物)。
亜硫酸塩はどの物質よりも酸化されやすく、自ら酸化されて酸素に不安定な薬物を保護する抗酸化作用や、着色を防止する作用を持っている。つまり、注射剤の酸化や着色を防ぎ、品質を保つために添加されている。
しかし、一方では、亜硫酸塩は、構造式中の-S-S-結合
(ジスルフィド結合、Sは硫黄原子のことで、ジは2つの、という意味。生体有機化学でよく出てくる)
を切ったり(=開裂したり)、ビタミンB1を分解したりするので、配合変化に注意が必要である。
ここまで来たところで、最初の問いに答えるとしよう。
「サンドスタチンは、ステロイドと混ざると含量が減ると聞いたことがあるが混ぜてもよいか?」
ステロイドと側管で混ざると含量が減るのは、実はステロイドの添加剤に亜硫酸塩が使われている場合なのである。同じステロイドでも、リンデロンは亜硫酸塩が添加剤に使われており、オルガドロンは使われていない。亜硫酸塩が、サンドスタチンの構造式内の-S-S-結合を開裂することによって、サンドスタチンの含量が減るのである。リンデロンとサンドスタチンが側管内で高濃度で混ざるとサンドスタチンの含量が低下し、オルガドロンでは低下はないという結果が文献からは得られている。文献では調べられていないが、同じベタメタゾンを成分とするステロイド製剤でも、商品名リンデロンは添加剤として亜硫酸塩を含み、リノロサールは含まない。よって、リノロサールとサンドスタチンの配合は問題ないと推察される。
もっと言えば、在宅医療でのTPN管理の至便性を優先し、含量低下を承知の上でTPNにサンドスタチンを直接混注する処方が敢えてなされる場合がある。その場合は、TPN製剤そのものにすでに亜硫酸塩が添加されているので、ステロイドとの混注を問う以前の問題なのである。
サンドスタチンの含量低下を防ぐために、TPNに直接混注することはやめられるか、可能ならば、さらにその上で側管からそれぞれ(サンドスタチン、ステロイド)を単独投与できる状況か。それとも、在宅で可能な範囲内での投与方法を選択することを優先し、含量低下は承知の上で全て混注するか。どの方法が患者のために一番良い方法かを医師と検討するべきだ、というのが、私の導いた拙い答えである。
ここで、別の薬品でよく似た話があったことを思い出す。
商品名ネオラミン・スリービー(混合ビタミンB群製剤)は、アミノ酸製剤により含量が著しく低下する、という呪文のように覚えた話である。ネオラミン・スリービーの中のチアミンジスルフィドの含量が低下するのである。チアミンジスルフィド。チアミンはビタミンB1のこと。ジスルフィド、ジスルフィド…。さっきも出てきた、-S-S-結合のことである。チアミンジスルフィドとは、ビタミンB1が-S-S-結合により2分子結合した状態(2量体)である。今まで、アミノ酸により分解される、と思い込んでいたが、実は、アミノ酸の酸化や着色を防ぐために添加されている亜硫酸塩により、ジスルフィド結合が開裂する、というわけだ。そのことを今回恥ずかしながら初めて知った。
ちなみに、現在は販売中止となったアミノフリードとネオラミン・スリービーを混注すると、チアミンジスルフィドの含量が低下するので配合には向かないと言われていた。先ほど、亜硫酸塩はビタミンB1を分解すると述べた。アミノフリードにビタミンB1を加えたビーフリード(ビーフリードに含まれるビタミンB1は塩酸チアミンであり、2量体ではない。)にももちろん亜硫酸塩が含まれる。しかし、ビタミンB1の含量低下はわずかである。なぜアミノ酸製剤にビタミンB1が必要かまで言い始めると終わりが見えないのでやめておこう。
以上、まとめると、「ステロイドとサンドスタチンを混ぜるとサンドスタチンの含量が低下することがある」「サンドスタチンとT P Nを混合するとサンドスタチンの含量が低下する」「アミノ酸製剤とネオラミン・スリービーを混ぜるとビタミンB1の含量が低下する」という現象は、「-S-S-結合と亜硫酸塩が混ざると結合が切れて分解してしまう」という一つの真理から起こるものであったのだ。どの物質よりも酸化されやすい亜硫酸塩は自身が酸化するために、何かを還元する。(酸素がくっつくのが酸化、水素がくっつくのが還元。-S-S-結合が開裂すると、-SHになる。)それがジスルフィド結合の開裂というわけである。
-S-S-結合と亜硫酸塩は、切っても切れない関係どころか、切ったら切れる関係なのである。
自己を犠牲にして他者を助けるようでも、全てを助けるということは難しく、ある者にとっては有益でないこともある、という人間の世界でも起こり得ることだとも思えてくる。
http://jpps.umin.jp/issue/magazine/pdf/1003_01.pdf
(論文の要旨とは離れたことを論じていることご了承ください)
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