「赤ちゃんは泣くのが仕事」。
 そんな言葉が常識だと言わんばかりに普及する程、赤子は、息子は今日も泣き喚く。

 お腹空いたのかな、オムツかな、眠いのかな。  
 毎日、しかも1日の間に何度も遭遇しているはずなのに、経験値は一切積み上がることなく、すぐ泣き止ますことができない。

 「泣き続けさせたら疲れて寝てしまうから、ある程度は放っておいたらいい」。
 こんな言葉も、先人たる母、親族や専門家から聞き、実践したものの、息子は2時間近く、その小さな体で、勢いを一切落とすことなく、喚き続けたのであった。
 屍の如く横たわった母はつぶやいた「最初に言った奴。ちょっと体育館裏来い」。

 息子が泣くことについて何が辛いか。
 一説によれば、赤ちゃんの泣き声というのは、電車が通る時の高架線下の音量程のけたたましさをもつらしく、それに耐えなければならないということももちろんある。
 しかし、一番の理由としては、我が子が泣いている程苦しい思いをしているのに、何も解決してあげられない、その無力感である。
 
 息子は安全安心なお腹から、命懸けで外の世界に出てきてくれた。
 この世界に生まれてよかったと思ってほしいと、できる限りあらゆる苦しみから守ってあげたいと、そう思ったのに。
 泣くことでしか辛さや恐怖を訴えることのできない息子を、抱っこして包み込んでも安心させてあげることができない。
 「私のエゴでこの世界に引っ張り出したのに」  
 「母親なのに」
 涙を流して叫び続ける息子を抱きしめながら、何度謝っただろうか。

 息子を産んで半年が経とうとしてるが、息子は今も1日何度も泣き叫ぶ。
 ただ、「外の世界に自分で慣れるために、少しくらい見守るだけにしよう」といった余裕は持てるようになった。

 息子の人間としての成長に思いを馳せつつ、息子の泣き声をBGMに今日もタスクをこなす母であった。

 

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