6.あらゆる関係者が協働した「流域治水」の実現を
1. はじめに
東京都は石神井川上流地下調節池整備計画を進めようとしています。この調節池は、武蔵野市の武蔵野中央公園から西東京市の南町調節池を結ぶ地下トンネル式調節池です。東京都は、石神井川の溢水防止のために30万㎥の地下調節池の建設が必要と説明しています。
2. 石神井川上流の治水対策について
① 本事業のこれまでの進め方
本事業は、東京都建設局河川部が中心になって進められている「河川からの溢水を防ぐこと」を目的とした事業です。その施策は「河川区域」に限られた「ハード対策」であることが特徴と言えます。
東京都は令和4年2月に東京都都市計画審議会を開催するなど、これまで関係者の間で検討を行ってきました。都市計画の決定に先立って関係自治体に意見照会もありました。しかし、その際に提供された情報は、「計画書」や「計画図」など極めて限られた内容でした。関係する市区や企業・住民などの関係者との協働によって対策が固められてきたとは言えません。
例えば、河川法第16条に基づいて「石神井川河川整備計画」が策定されていますが、この計画書には本整備事業についての説明がありません。ほとんどの住民にとっては、「気が付いた時には、都市計画も決まっていた」というのが実態です。それどころか、現時点においても、発進立坑が建設される武蔵野中央公園(口絵の写真)には事業についての説明看板がなく、住民や公園利用者の多くが、本整備事業が計画されていることを知りません。
② あらゆる関係者の協働とあらゆる場所での対策による治水
私は土木技術者ですが、河川改修のように広い地域に跨る大規模な土木事業を少数の関係者のみで最善の計画に作り上げることは不可能と考えています。河川区域のみならず氾濫域や集水区域を含めると、1本の中小河川とは言え、流域毎に大きく異なる条件に囲まれています。現場から離れたオフィスで、少数の技術者がこれらの多様な条件を反映した最善な計画を策定することは困難です。
河川改修事業は、税金を原資とした巨額の事業費を必要とします。税金の無駄使いはないようにしなければいけません。また、治水の安全を確保しながら住民の満足を最大限にする計画を策定することは、極めて高度な仕事と言えると思います。それを実現するためには、それぞれの流域の状況を熟知した市区や住民などあらゆる関係者が協働して治水計画を策定する必要があると考えます。その対策も「河川からは溢水させない」という河川域に限定したハード対策のみでなく、水害の多くを占める内水氾濫をどのように改善できるか、どのようにすれば魅力ある河川環境や地域環境を創造できるのかという流域全体での多様な対策が求められています。
③ 法制化によって国も「流域治水」へ転換
国も「水害対策における日本の新しい政策」と位置付けて、「流域治水」に転換することを2020年に法制化しています。すなわち、「河川の流域全体のあらゆる関係者が協働して、流域全体で行う治水対策」を進めることは、国による基本方針となっています。
流域治水に関連して、齊藤鉄夫国土交通大臣は、令和6年5月21日の参議院国土交通委員会で以下のように答弁しています。
流域治水、あらゆる関係者が一体となって、治水安全度の向上、そして良好な河川環境の保全、創出を進めていく、これは非常に大事でございます。一方で、ウェルビーイングの向上にも資する都市における緑地の保全も重要な課題であると認識しております。
しっかりこの両立が図られるよう、国土交通省としても指導性を発揮していきたいと思います。
3. 石神井川上流の治水対策 -「流域治水」の考え方に沿った対応を―
筆者が関係者と協働しながら本事業に関係する情報を検討したところ、本稿では詳しく繰り返しませんが、さまざまな疑問点ととともに、「このようにしたら、安全で効率的な対応ができるのではないか」という案も思いつきました。私は河川事業の経験はありませんが、地元の住民の目で現地を見れば、オフィスの中では気付かない点も見つかるということかと思います。また、その中にはNote 2で指摘した取水口の位置のように、現計画のままでは洪水時に幹線道路のアンダーパスが冠水リスクに晒される点など、施設計画上の重大な問題と思われる事柄も含まれます。
河川を担当する管理者主体が、他の部局とともに関係市区や住民などの意見まで聞きながら合意形成することは時間と労力がかかると思います。しかし、そのプロセスを踏むことが、2020年に国が打ち立てた「新しい政策」であると考えます。その結果として、良好な河川環境の創出にとどまらず、地域住民が愛着を持てる地域づくりが可能になるのだと考えます。
本事業について議論した東京都の第18回河川整備計画策定専門家委員会でも、委員から以下の意見が出されています。
東京都の治水事業は内水被害と外水被害を分けて考えているが、住民から見ると浸水被害は一緒である。今後は、2020年に国交省が公表した流域治水の考え方に沿って進めていかないといけない。建設局は下水道局との調整をどのように行っているのか。
Note 3で示したとおり、過去20年間の流域における浸水被害の64%が「内水」を原因とし、35%が北区の河口付近の「溢水」を原因としています。その「溢水」も現地の河川工事のために川幅が狭くなっている状況の下で発生しています。過去の水害がこのような実績であるにもかかわらず1310億円もの巨費を投じて上流域で巨大な地下調節池が建設されようとしていることに、一人の納税者として強い違和感を抱きます。
委員から出された意見のとおり、石神井川上流域の治水対策についても、「流域治水」の考え方に沿って進めていく必要があると思われます。
(参考文献)
Note1:過去の水害の原因を踏まえた対策の必要性(その1):石神井川流域での浸水被害は内水氾濫と北区での溢水
Note2:安全・経済的な代替案を検討するべき(その2):東伏見公園拡幅予定地の活用と「伏見通りアンダーパス」の冠水リスクの解消
Note 3: 過去の水害の原因を踏まえた対策の必要性(その1):石神井川流域での浸水被害は内水氾濫と北区での溢水
※ 筆者は、正確で中立的・論理的な議論を望んでいます。
このため、もし上記の執筆に誤りなどがあった場合には、是非、筆者(2024naturegreen@gmail.com)までご連絡下さい。訂正すべき箇所は、訂正するなどの対応に努めたいと考えています。
また、どうぞ他の拙稿も読んでいただければ幸いです。以下からリンク可能です。
・目次(「石神井川上流地下調節池整備計画」について)
7.「石神井川上流地下調節池整備事業」の残された論点:流域の浸水被害の低減に向けて
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