建設機械発達の概要( ショベル系掘削機その1)

1.近代的パワーショベルの発足

 パワーショベルは戦前から神戸製鋼所、日立製作所などで電気式の1.5~4m3のものが作られていた。戦後米軍が1/2、3/4yd2級ショベルを使用しているのを見て、国産ショベルも0.5m3級ショベルの製作に乗り出した。昭和23年度に日立・油谷・住友・三菱等が0.5m3を、日本燃化機が0.75m3級を作った。いずれも河川工事に用いるのが目的であったが、当時の輸送事情から貨車運搬可能なものを狙い、0.5m3級となったのである。もう少し大型のものも必要というわけで戦時中の設計ではあったが日燃の0.75m、また神鋼の51K(1.5m3)等もあった。昭和23年度製は各部が不具合でどうにか動いた程度で、特に登坂能力は不足しており15°位の坂は止れなかった。
 昭和23年より昭和24年度にかけては競作時代で日立0.5m3(後に昭25より0.6m3)、神戸0.4m3、油谷0.5m3が生き残り、昭和26年頃よりは3社による製作が続けられた。昭和24~27年頃は試作改良時代ともいうべく、建設省を中心とするユーザとの協同研究が続いた。

特に昭和24~25年に建設省機械整備費中に部分改良費なるものが設けられ次の様な研究が行われた。
a.エキスパンションクラッチ用ライニング
b.爪その他に対するハードフェーシング溶接棒
c.ワイヤロープの研究
d.高周波焼入ギヤの摩耗研究
e.ローラチェーンの研究
(建設省技術研究補助金による研究報告書参照)
 一連の研究により昭和26年頃の機械は相当に改良せられ、昭和26年製以降の機械は現在でもなお第一線機として稼動している。

 ショベル自体の構造としては昭和23年度製油谷がノースウェスト型を基本とした推圧巻上げを1本掛けで行う型式を採用した。他はビサイラス型であった。

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(↑)油谷式万能掘削機 23年型

 しかし油谷も昭和24年からは操向機構が運転席から操作できなかった点を始め大改造を実施し、昭和24年度以降は現在の24型となり、いずれもビサイラス型となった。神鋼は昭和27年8月に22K(0.6m3)を完成した。この型式は巻上げドラムに遊星歯車式減速機構を有し、したがってクラッチがバンド式で各所に独特な設計を有するショベルであったが、米国P&Hと神鋼との技術提携の犠牲となって大成しなかった。

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(↑)神鋼15K型ショベル

 また石川島重工と米国コーリング社との技術提携によって石川島コーリング社が出来て、昭和28年12月には205型(1/2yd3)が製作された。 昭和28年度には日立が流体接手のU06ドラグライン、ショベル各1台を試験的に製作して、建設省現場において研究した。後年0.6m3型への正式採用(昭33.3)の端緒となった。

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(↑)日立U05型パワーショベル 初号機

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