試験登校が始まったけれど

試験登校が始まったけれど

試験登校って何?

これって耳慣れない言葉ですよね。試験登校とは、特別支援学校に籍を置いたまま、試験的に元々通っていた学校(原籍校)に登校することで、主導権は特別支援学校にあります。原籍校と特別支援学校の間では書類も交わすのだとか。
まぁ、ようするに元の学校に戻るための練習って感じですね。

娘には学校に行くにあたっていくつかの心配事がありました。

1.「学校を休んでいる間何してたの?」「どうして学校に行かないの?」と聞かれること
2.ストレスがお腹にくるようになっていたので、学校に行ってお腹が痛くなること。大のとき本を読まないと精神的に苦しいこと(痛みや苦しみを紛らわせないとつらすぎるらしい)。

そこで、娘から試験登校にあたってふたつの条件を出しました。

1.学校に行ってなかったときのことは何も聞かないでほしい
2.トイレに支援学校の先生が付き添うのは先生たちだけの秘密にしてほしい

席は廊下側の一番後ろで、支援学校の先生が見守るという環境が用意されました。
そして初めての訪問指導で、いきなり試験登校することになったのです。

満面の笑顔で帰ってきたけれど

初めて支援学校の先生が自宅に来て「さぁ、学校に行こうか」というと、タオルをかぶったり、涙ぐんで私を見つめたりしていた娘ですが、何やかんやと抵抗したもののあっさりとかわされ、ドナドナの仔牛のように学校に連れて行かれました。(私もいきなり投稿させられるとは思ってもいなかったのでびっくりしました)

「どうなるかなぁ」とドキドキして待っていたのですが、「ママー!ただいまー!楽しかった。遊びに行ってくる」とランドセルを放りだして満面の笑顔で遊びに行った娘。

「え?学校イヤじゃなかったの?あんなに嫌がっていたのにこんなに簡単にいくものなの?」と呆然としました。

娘が言うには、「女の子がワッと寄ってきてくれてうれしかった」そうです。

さて、次の日。起きたら37度3分の熱で「しんどい」といいながら、昼前に「先生に迎えにきてって電話して」といったものの「やっぱり休みたい」。行かなきゃって思っていたんでしょうね。
「休んだらいいよ」とその日は休ませました。

そのあと実家に行って、実家の隣の公園(みんなのたまり場になっている)の様子を庭からそっとうかがうものの、「休んだことをいわれるのが嫌」と友達の声がしても出て行かない娘。
「休むと学校でいろいろ言われる」と思っているのです。

支援学校の先生の反応は「今日のことは忘れるように言ってください」でした。失敗は忘れなさいということでしょうか。
なんだか引っかかった私だったのでした。

行けたり行けなかったり

その次の日は着替えて朝ご飯を食べてからまた寝てしまいました。支援学校の先生がきてから起きて学校に行ったものの、2時間目までで帰ってきました。その次の日も2時間目まで。

週明けは、布団をかぶって「行きたくない」。支援学校の先生に「37度2分?大丈夫、大丈夫」と言われると、さっさと支度して一緒に登校していきました。
夜遅くに、「宿題がある。これだけは書いて来てって言われた。3年になって先生怖いから宿題せなあかん」とひーひー言っていたのが心配でしたね。

それからも朝は「しんどい。熱計って。」で始まるように。
「久しぶりに学校にきたからみんな寄ってきて鬱陶しい」と当初とは逆の言葉を言ってました。
金曜日には「朝方寝返りを打ったらフラフラした」 「しんどい」 と言って起きてきません。娘の決意は固く、先生は(多分)学校へ様子を報告しに行きました。「さすがに諦めたか」と思ったら戻ってきて、娘を連れて学校へ行き、校長室でカメを見て帰ってきました。そこまでするか。

試験登校3週間目の週は、プールが楽しみなようで、毎日4時間目が終わるまで頑張っていました。
このころの娘は、私に「学校楽しいよ。みんなに会えるから」と言っていました。
その反面、気になる態度が出てきました。
布団のシーツをしつこく何度も直さなければ寝ない、身体をかゆがる、昼からはずっとゲームばかり、うまくいかないとキーキーいうように。

試験登校4週目。
月曜日、今日から給食を食べる予定だったけど、やっぱりイヤと4時間目が終わったら迎えに行きました。

「先生、プリント休み時間にやりなさいっていうけど、やろうとしたらみんな寄ってくるし、できへんし、そうしたら『今度から気をつけや』って怒られる。」
こんな世界いたくない。イタリアに行きたい。ピザ食べれるし」
という一方、「クラブいつから?」「りさ、マンガ部に入りたい」と希望的なことも言う娘に私の頭は混乱気味。
結局、月、火、水は給食を食べず。木、金は最後まで学校にいることができました。

友達と遊びたかったから頑張っていた

いまから思えば娘は「学校に行けば堂々と友達と遊べる」と思っていたようです。学校に行けた日はなんだか命を削る勢いで必死で友達と遊んでいました。
その思いが支えで頑張っていた彼女も、次の週あたりから様子が変わってきてしまいます。
<つづく>
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